テラーノベル
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2026年、4月。
かつての「マルトクテックカンパニー」が誇った巨大なロゴが取り外された。新しく掲げられたのは、簡素で柔らかな書体の『株式会社テックフルネス・アソシエイト』の看板である。
■ 井筒治貞の「遺言」とバルトラインの祈り
新社長室では、エーリッヒ・バルトラインが窓の外を眺めていた。台南から日本へ渡り、彼が愛した「職人気質の日本」は、この数年で技術の濫用という病に侵されていた。
傍らには、パシオ計器への移籍を目前に控えた井筒治貞が座っている。
「バルトラインさん。K-17を覚えているか? 私が命を削って作った、あの不器用なAIだ」
井筒の声には、深い諦念とわずかな怒りが混じっていた。
「佐伯たちがやったことは、技術への冒涜だよ。効率のためにバグを『仕様』と言い張り、あえて劣化させた。道具を、人間を支配するための鎖に変えたんだ。私がここを去るのは、もう一度、子供が喜ぶような『まっとうな道具』を作るためだ」
「ええ、覚えていますK-17。ムスター・井筒。あなたの懸念は、私が引き受けます」
バルトラインは、かつて日本人が持っていた、八百万の神を道具に宿すような繊細さを信じていた。
「覇権はいりません。私たちは、リーディングカンパニーという名の呪縛から確実に降ります」
■ 月影真佐男の「絶縁」
管理統括室改め、倫理監理室。
最高倫理責任者となった月影は、かつて村田が座っていた空のデスクを見つめた。
佐伯紗江はすでに去った。兄の浩一とともに、数字と虚栄が作り上げた砂の楼閣の中で、静かに世間から忘れ去られようとしている。
月影の端末が震える。臼井マネージャーからの報告だ。
名取静の契約は、結局【AI執事サービス】へと移行された。
そして彼女からは「いまも快適♪」の太鼓判をいただけた。
さらに港区エリアの某契約者からも「とても助かっています」と高評価レビューされた。
村田という「劇薬」を失った当初こそ少しだけ荒れたが、今ではAI執事が提示する適度な距離感の中で、自らの足で歩き始めている。
所変わり、軽部トシ子は、村田の有能さに未練はあったものの、
「縁がなくなったのよ、仕方ないわ。ウチへの大量の志願者から見つけることにしました。これまでのご厚誼に深謝致します」と、月影宛にテレビ電話を通じて連絡した。
画面越しの月影は安らいだ表情で、
「……それでいい、トシ子さん。人間を救うのは、人間だけじゃない。適切な『絶縁』こそが、人を自由に出来るんですよ。是非とも適材、見つけてくださいね」
■ 星あずさと「新時代の風」
「臼井さん、次の案件。例の『ワケ有り』じみたクレーマーですけど、秘術の三段なだめで対応完了しました☆」
星あずさが、ハキハキとした声を響かせて入ってくる。
彼女が生き残ったのは、叔母・ふみえから授かった「通電させない」知恵があったからだ。
臼井は、あずさと共に作り上げた【AI執事サービス】の成功を確信していた。村田のような自己犠牲ではない、プロとしての鮮やかな線引き。それが、新しい会社の背骨になろうとしていた。
■ どこかで続く「現場」の物語
東京都、世田谷区の片隅。
古びた公共施設の相談窓口に、一人の青年が座っていた。
村田孝好。
彼は東陽英倭という巨人の肩に乗る道を選ばなかった。
履歴書を汚し、組織を飛び出した彼は、今、最低賃金に近い報酬で、名前もつかないような困りごとを持つ人々の声を聞いている。
「……あ、その手続きなら、こっちの窓口の方が早いですよ。僕が一緒に付いていきましょうか?」
気が利くも、非効率で、しかし誰よりも温かなその声。
彼にはもう、マルトクのバッジも、洗練されたデバイスもない。
だが、その瞳には、月影が最後に贈った「死ぬなよ」という言葉が、消えない灯火として宿っていた。
■ 結び:テックフルネス・アソシエイト
夕暮れ時。
テックフルネス・アソシエイトの地下にある多目的フロアでは、バルトラインが井筒から譲り受けた古いラジオを修理していた。
技術は、人を溺愛させるためにあるのではない。
技術は、人が人として、満ち足りた(フルネス)日常を送るための、ささやかな「アソシエイト(相棒)」であるべきだ。
月影はコートを羽織り、オフィスを出た。
去り際、彼はふと振り返り、新しくなった社名の看板に指先で触れた。
「……現場がイイのよ、わかるでしょ?」
井筒の口癖を呟き、月影は夜の街へと消えていった。
それぞれの道。それぞれの絶縁。
物語はここで一度幕を閉じるが、彼らの「現場」は、今この瞬間も、世界のどこかで静かに続いている。
(あと1話だけ続きます)
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