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デスクライトだけ点けた薄暗い部屋の中、僕はベッドで横たわりながら、自分の勇気のなさに絶望を感じていた。いや、それは少し違うのかもしれない。勇気のない自分自身に対して嫌悪しているというのが正しい。
「結局、言えなかったな……」
そう、独りごちる。様々な感情が交錯する中で。
恋がこんなにも辛いものだということを初めて知った。きっと、これは初恋だったんだろう。僕のこれまでの人生の中で、初めて芽生えた恋という名の感情。だからこそ、初めてこの感情を知り、整理できていないのだと感じていた。
「もう、二十二時時なんだ……」
学校から帰宅してから、僕はずっとこのままの状態で色々と考えていた。もちろん、それは小出さんのことだ。僕が本物の恋をした一人の女の子。その人のことを想っていたら、いつの間にかこんな時間になっていた。彼女と過ごした楽しかった時間を思い出しながら。
そして、これらはきっと思い出という名の形に変わっていくのだと感じながら。
しかし、まさかこんなにも自暴自棄になるとはね。園川大地という人間がいかに弱いのか。僕はそれを嫌という程思い知らされていた。
「いいや。もう寝よう」
ただ横になっていただけの僕は、布団を被り、睡眠の準備をする。涙が出た。別に失恋したわけでもないのに、とめどなく溢れ出て、流れてきた。でもその時、ふと思い出す。小出さんから預かったあの用紙の束を。彼女が書いた小説のことを。
「うん。読もう」
一度寝ようとしていた僕は起き上がり、涙を拭ってから、通学用のリュックを開ける。そしてその用紙の束を手に取ってデスクへと向かう。この小説には、小出さんの想いが詰まっているはず。僕は彼女のことを知り、もっともっと知りたいと今で思う。そして改めて痛感させられる。
僕は小出さんのことが大好きなんだと。
だから僕は読み進める。小出さんが書いた小説を。そのジャンルは恋愛ものだった。一人の女の子がひとつの『夢』を叶える物語。恋をした相手の男の子と両想いになりたい、そんな『夢』を叶えるために頑張る恋物語。
「小出さんって、こんな恋愛を望んでいたんだ」
かなりの文量があるからこそ、小出さんのそんな気持ちを感じることができた。全てを読み終えるまでかなり時間がかかるだろうけど、ページを捲る僕の手は止まることなく、夢中になりながら読み進めていった。
* * *
「そうなんだ――」
いつの間にか、僕は小出さんが書いた小説をほとんど読み切っていた。それで、気付いたこと。小出さんも僕と同じで、恋に恋をしているのだということに。
いつもキョドキョドしている小出さん。本のことになると夢中になって止まらない小出さん。好きなものに一直線な小出さん。秋葉原で知った、ちょっとイタズラ好きな小出さん。僕の知っている全ての小出さん。
そんな小出さんも、やっぱり普通の女の子なんだ。当たり前のことだ。
その全てが分かる、そんな小説だった。
――って。
「あれ?」
これからラストシーンに入ろうとしているにも関わらず、一番盛り上がるであろうシーンになるにも関わらず、何も書かれていないんだ。つまりは白紙。つまりは未完。
「どうしたんだろう小出さん。印刷するときに間違えちゃったのかな?」
僕はページを捲る。白紙。そしてまたページを捲る。やっぱり白紙。そして最後の四ページ目を開いた。
そこにはパソコンで打ち込んだ無機質な文字ではなく、小出さんの手書きの文字が記されていた。そして僕はその文字――文を読んだ。
「小出さん!!」
不思議だ。僕の体は勝手に動き、ローテーブルの上に置いてあったスマートフォンを手に取った。そして以前交換し合ったメッセージアプリを開き、無意識に通話ボタンを押していた。相手はもちろん小出さんだ。
「出て! 出てよ小出さん!」
ワンコール。ツーコール。スリーコール。ほんの短い時間なのに、通話ボタンを押してからすごく長い時間が経ったような感覚だった。
そして、ヨンコール目。小出さんが応答してくれた。
「こ、小出さん!!」
『ど、どうしたの園川くん!? すごい焦ってるけど、何かあったの!?』
小出さんの言葉を聞いて、声を聞いて、僕は一度深呼吸をした。全く自覚がなかったけど、小出さんを驚かせるくらいに僕の声は大きかったようだ。落ち着け、落ち着け園川大地。
「う、ううん。ごめんね、ビックリさせちゃったね。今、大丈夫?」
『う、うん。大丈夫だけど……何かあったのかなって心配になっちゃった』
「違うんだ小出さん。心配させちゃってごめんね。今日手渡してもらった、小出さんの書いた小説を全部読み切ってさ。それで」
『ぜ、全部!!? そ、それって……』
「うん、そう。全部。それで、小出さんに伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
否が応にも緊張する。胸がバクバクする。
このまま破裂してしまいそうな程に。
「あ、あのね小出さん。あの……あ、明日なんだけど、一緒にクリスマスを過ごしてくれないかなと思って」
沈黙。返事が返ってこない。
この沈黙が一生続くのではないかと思える程に長く感じた。
だけど――。
「……駄目だよ、園川くん」
一言。そのたった一言だけが返ってきた。
そっか。駄目か。駄目だったか……。
胸が苦しい。息ができない。呼吸ができない。頭の中が白紙のように真っ白になって、何も考えることができない。
失恋。僕は人生で初めて失恋というものを経験した。別に告白をして振られたわけではない。なのに勝手に涙が溢れてきた。とめどなく流れてくる。苦しい。こんなことなら、言わなければよかった。誘わなければよかった。
後悔の念が、僕の心の中を支配する。
それ程までに、僕は小出さんのことを、小出千佳という一人の女の子のことを好きになったんだ。本物の恋をしたんだ。改めて、それを痛感させられた。
でも、小出さんは言葉を紡いだ。紡いでくれた。
「明日はクリスマスじゃないよ? 園川くん」
「……え?」
僕は咄嗟に時計を見た。深夜一時を過ぎていた。
日付けが、変わってる?
「明日じゃなくて、もう今日だよ? クリスマスは」
「え? そ、それじゃあ……きょ、今日だったら……」
「うん。一緒に過ごそう。クリスマス」
* * *
駅前に立っている大きな時計台。僕はそこで小出さんのことを待っていた。約束した時間、とっくに過ぎてるんですけど。
と、思っていた矢先。
「はあ……はあ……ご、ごめんね園川くん! ね、寝坊しちゃった……」
小出さん、到着。いつもと同じようにワインレッドのコートを纏っていた。でもちょっと違うのが、今日の小出さんはパンツではなくてスカートを履いていたこと。いつもより女の子っぽいし、いつもより可愛らしい。
「すごい息が荒れてるけど、大丈夫?」
「はあ……はあ……う、うん。だ、大丈夫……。小説読んでたら朝になってて。それでいつの間にか、ね、ね、寝ちゃって……え、駅からは、走ってきた」
小出さんらしいや。やっぱり小説だったり本のことになると止まらなくなっちゃうんだね。そんな小出さんだから、僕は好きになったんだけど。
「別に走ったりしないでいいのに。じゃあ小出さんが落ち着いたら行こうか」
「ご、ごめんね……はあ……はあ……わ、私、運動苦手だから……」
「大丈夫、構わないよ」
僕が今日、小出さんに告白するかどうか、それは分からない。でも、焦ることはないなってことは、なんとなく感じる。
ゆっくりと一歩一歩、前に進んでいければいいから。
あ、そうそう。どうして小出さんが書いた小説のラストシーンが白紙だったのかというと、僕と一緒に考えたかったらしい。それなら最初から言ってくれればいいのに。嬉しいけどね。小出さんと一緒に物語を考えていけることが。
改めて思う。僕達は本で繋がることができたということを。
それと。小出さんは最初から、あの小説を昨日渡すつもりでいたらしい。クリスマスプレゼントとして。
「も、もう大丈夫だよ園川くん」
「そっか。それじゃあ行こうか。ゆっくりと」
あ、一番大切なこと。小出さんが最後のページに書いた手書きの文のこと。この一文がなかったら、僕は今、ここにはいなかっただろう。
一体なんて書かれていたのかって?
そこには、こう書いてあったんだ。
『Merry Christmas』、と。
『仲良くしてよ小出さん! 〜本が大好きなコミュ症な女の子を振り向かせるため、僕は頑張ります〜』
第一部 完