BLゲーム『ノエル』。
美麗なスチルと演技力抜群な声優陣で人気のゲームだ。
そしてなんの因果かそんなゲームの中に転生してしまった、俺。
「リアム様」
そう呼ばれて、俺は振り返る。そこには見慣れたメイドのアンが居た。
「あ,もう出る時間かな?」
「はい。馬車の用意もできておりますよ」
アンは笑顔で答えた。手には今日から俺が使用する革製の学生鞄を持っている。
──リアム・デリカート。
これが現在の俺の名前だ。
リタルダンド王国の侯爵家に生まれ、年齢は16歳。
ある日、唐突にこの世界で目覚めた時は10歳に満たなかったので、ここで暮らして7年ほどだ。
幸いにも、日本で作られたこのゲームは世界観が実に前世(?)と似ていて、通貨も円の代わりにラーレという単位名称になっただけで、ペットボトル等の化学反応をさせた樹脂はないが、昔懐かしい瓶ジュースのようなものは売っていてそれが大体160ラーレ。町民の働いた場合の月収は18歳前後で平均的に18万ラーレらしいので、物価も日本とあまり変わりない。
季節は四季がありグレゴリオ暦、時間は24時制で1時間は60分だし、長さはメートル法だ。ここら辺は運営も面倒くさかったのか設定に凝ってなくて本当に助かった。
違うと言えば、化学の代わりに魔法が発展していることだ。
炎、風、地、水、雷の五大魔法が存在し、さらに聖なる力に闇の力が存在する。
魔力が人の身体には当たり前に法に備わっているが、魔力量と言われる指数には強い弱いが存在する。一般的な平民はこれが弱く、血の濃い貴族は強いことが多い。RPGゲームでいうところのMPだと思う。魔力量が強いと職業の幅もぐっと広がるし、得られる所得も大きくなるが、かと言って魔力がなくても困ることはない。
この世界には魔法石というものがあり、そこにそれぞれの力を込めさせることで幅広く役立てることができるという仕組みだ。
生活でいえば水の魔法石を蛇口に組み込めば水が出るし、火の魔法石を竈門に組み込めば料理ができる。貴族の家などはその辺りの建築が発展していて、俺が存在していた日本と暮らしも変わらなかった。下水道もちゃんとある。
スマホなどはないが、雷の魔法石を組み込んだ通信機器などもある。
高価なので使用しているのは主に貴族だが。
そしてこの世界にもどうにか馴染んで暮らしてきた俺は今年、王立学園に入学する。
役所はモブである。そう、モブ!平穏に暮らせるモブ!!モブ万歳!!
……。
…………。
………………。
……嘘です。
俺の役所は何を隠そう──悪役令息である。
悪役令息とは『ノエル』において主人公をネチネチ虐める主人公の敵役なんだよなああああああ!
それが原因なのもあって、ちょっとしたことで断罪されて雌落ちエンドまっしぐらな悪役令息!
何が起こっても雌落ちエンドまっしぐらな悪役令息!
救済フラグが用意されてない悪役令息ーーーーーー!
この事実を知った時、俺は嘆いたよね……。
床に突っ伏して泣いたね!
だって雌堕ちエンドだよ?!男なのに雌堕ち!!尻がいくつあっても足りないし、俺はそもそも女子が好きなので、尻を男に弄られたくない……!
おいおいと泣く俺にアンが入れてくれた甘めのお子様ココアが沁みた事を覚えている。
まあ、そうは言っても仕方ないものは仕方ない。
嘆いていてもフラグは折れてくれない。
なので、そういう展開にならないようにこの数年、血の滲むような努力で俺は頑張ってきた。
妹とプレイしたゲームの中での情報によれば、リアムは小さな頃からわがままで高慢だったとあったので、とりあえず第一段階としてそれを正した。
わがままを言って困らせてきた使用人たちにはスライディング土下座して、その日からはわがままをとにかく控えたし──これは精神年齢が元々20歳超えてたのもあって苦労はしなかった──、勉強もちゃんとした。行儀も良くした。
何せ使用人の中には、後々に俺を裏切って雌落ちエンドに誘導する奴もいたりするので、そうならないように細心の注意を払った。
疎遠どころか不和であった家族仲も、とにかく立ち回って立ち回って立ち回って、円満な家庭に仕上げた。
会えば虐めていたであろう友人達にも謝って、態度を改めた。
この努力があって、今の俺は──「天使のようなリアム様」だ。
もちろんゲーム的な要素で容姿が良かったのも幸いした。主人公と対比したようにリアムの容姿は美麗に可愛く描かれていたのだ。
正直、これでとんでもない顔だったらその容姿だけで蔑まれルートにも陥りそうでもあるが、ここは運営様に感謝だ。
「リアム様?」
おっとっと。様々に思い返していたら意識が少々ずれてしまった。
俺は一つ息をゆっくりと吐いて、アンに笑顔を向ける。
「うん、行くよ。兄様はもう出たの?」
アンも笑みを深めつつ俺に鞄を渡しながら頷く。
「いいえ、今日はリアム様とご一緒したいとのことで。下で待っていらっしゃいますわ」
「ええ?!兄様は講師なんだし早く行かないと……!」
走っては品性を問われることもあるので、最大限に足早に俺は兄が待つ侯爵家のエントランスに向かうべく、自室を出た。
※
告げられた通り、エントランスにその人は居た。
──キース・デリカート。
俺の兄にして、王立学園の魔法学教師。そして、主人公の──攻略対象だ。
セミロングの黒髪に切長の瞳は琥珀色、攻略対象者だけあってその容姿はずば抜けて良い。190センチ近い背丈で、足の長さが異常だ。股下4メートルはあると思う。
俺も容姿は良いけれど、背丈が……165センチくらいなんだよな……。なんでよ、運営様。まあ、そういう好みの人間がいたんだろうけどさぁ。
俺の姿を見つけると、キースは笑顔を浮かべてひらりと手を振った。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ、ゆっくりおいで」
オアアアアアアアア。声も良くていらっしゃるんですよね、この兄!
低めのウィスパーボイスで周囲の使用人の皆さんが腰砕けてしまっている。
しかしゆっくりとは言われてもそうは行かず、速度をそのままにだだっ広い階段を品性を失わないように気を付けつつ駆け下りて、俺はキースの前に立った。
「すみません、兄様……!待ってくれているとは思ってもなくて。遅れてしまいました、ごめんなさい……!」
頭を下げる。いや~……一言言ってくれれば待たせることもなかったんだが……。そんな俺を制するようにキースが手を差し伸べた。
「僕が勝手に待っていたんだから、リアムは気にしなくても良いんだよ?」
「ありがとう、兄様」
キースの手を取って頭を上げて、笑顔を返す。周囲は仲の良い兄弟のやり取りにニッコニコだ。本当に、こう言うときに頑張って良かったと感じる。
両親は現在外交に回っているので侯爵邸にはいないが、夕方になればどちらかから連絡が来るだろう。円満な家庭になった結果、子供たちに対して心配性な親に変貌を遂げたのである。
「さあ、行こうか」
キースにエスコートされるがまま、二人で歩き出す。
王子様ではないけれど、王子様然としてるわ。紳士ー。
開け放たれた扉の向こうには四頭立ての公爵家の紋が入った馬車が用意されていた。
王立学園までは40分ほど揺られなければならない。
──今日は入学式。
ゲームで言えば、始まりの日であり、主人公こと『ノエル』と出会う日だ。
ふと隣を見上げると、キースが俺の視線に気付いてにこりと笑った。
俺は深呼吸を一つする。
自分なりには用意してきた年月がある。不仲の兄とは、こうして仲良く登校するまでには仕上げた。周囲もそうだ。
どうしたって始まる物語。悪役令息になった時点で逃れられない運命。
しかし、それを必ず覆してみせる!俺は!!
もう一つ深呼吸をして、俺はもう一歩を踏み出した。
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