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『思惑〜オダマキ〜』
「杜若様。あと十分で会議です」
控室でそう言うのはいつもの石蕗さんじゃなくて、宇津木碧隊員だった。
ここは帝都にある公会堂。
貴族院や上級院達様御用達の豪勢な造りの建物。
俺が今いる控室も別珍のカーテンに、洋物の机と革張りのソファ。
まるで舞踏会に出るご婦人の準備室みたいな部屋だ。
公衆の会合などのために設けた建物でありながら、その実は富裕層の情報交換の場になっていた。
ここにある広い庭は上流階級の娘達がこぞって散歩する、英国式のガーデンだとか。
俺には伏魔殿に見えるなと、やたらと柔らかいソファに背を預けながら分かったと、机の上に置いてあった水差しからガラスの杯に水を入れた。
冷たい水で口の中を湿らすと葵隊員が苦笑した。
石蕗さんは朝から急な梅桃家からの呼び出しで、俺の代理で行ってもらった。
その穴埋めが碧隊員。
葵隊員とは双子。見た目の区別は全く付かないが、碧隊員の方がおっとりしているという感じだった。
「杜若様。葵からの報告によると、環様はあれから元気に座学に励んでいると言うことです」
トンと頭のこめかみを叩く碧隊員に苦笑する。
「碧さんは既に朝の出来事を知っているのでしょう。笑ってくれてもいいですよ。今からどうせ、笑えない人達と会話することになりますから」
「いえいえ、そんな。夫婦仲が良くて羨ましい限りです。会議中、狒々爺様達の戯言に飽きたら環様のことを随時報告しますから、お気軽に仰って下さいね」
杯を机に戻すと、またこめかみを指先で指して明るく笑う碧隊員。
本当に会議中に報告してもらおうかなと、つい思ってしまう。
宇津木葵と宇津木碧。
この二人はどれだけ遠くに離れていても|精神感応《テレパス》が使える。それはどこに居ても二人は瞬時に情報共有、意思疎通が出来ると言う非常に珍しい力を持っていた。
帝都や都市部にやっと電話が普及し始めたが、まだまだ高価。電話をかけられる場所も限っている。
けれども宇津木隊員達の前ではそんな制約は何もない。情報伝達の有意さはどんな場面でも役に立つ。情報戦こそ戦場での要。
宇津木隊員の能力を知った次の瞬間には、俺が二人を引き抜き、側に置くことにしたのだった。
だから朝のことはきっと、取り乱した葵隊員によってすぐさまに碧隊員へと伝えられたのだろう。それを咎める気もない。
……個人的には母と部下に俺が、環に無理を強いているかのような現場を見られて、肝が冷えたと言うのは否定しないが。
その後にすぐに意識を取り戻した環がその場ですぐに誤解だと言い張り、
俺には『今は仕事に集中して下さい。それが終わったら、沢山お話ししましょう』と言ってくれた。
『──私、本当に杜若様を好きになってしまうのが怖い』
その言葉の真意は当然聞きたかったが、環がここに来て二週間。
その間の環の心境を本人から聞き、杜若家では問題なく過ごしているようで安心した。
俺が環に会えないという気持ちが先行してしまい、環の心の機微をもっと大切にしてやれば良かったと、俺も少しばかり性急だったと反省した。
やはり顔を見るのは大事だ。
もう少し自由な時間を捻出したいと思っていると、碧隊員がこめかみに指を当ててくすっと笑った。
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