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扉の外を、軽い足音が通り過ぎた。
その音に気づいたセリーヌが顔を上げる。
「ルシアンかしら?」
彼女が扉を開けようとした瞬間、
向こう側から静かなノック音。
「入っていいか?」
扉が開くと、
そこには書類を片手にしたルシアンが立っていた。
「なにやら楽しそうな声が聞こえてきたもんでな」
セリーヌが微笑む。
「ええ、ちょうどイチの新しい服を仕立ててたのよ」
ルシアンの視線がイチへ向く。
イチはまだ仮縫いの布を抱えたまま、
驚いたように立ち上がった。
彼女の頬がほんのり赤くなる。
「……まだ着てないのか?」
ルシアンの声は、
どこか柔らかい。
イチは首を振り、
抱いていた布を胸の前でぎゅっと抱きしめる。
その仕草に、セリーヌが笑った。
「あなたに見せたくて仕方ないみたいね」
ルシアンは一瞬、言葉を失う。
「……そうなのか?」
イチは小さくうなずく。
視線が合う。
その一瞬に、
ルシアンの胸の奥でなにかが熱くなる。
だが彼はすぐに視線をそらし、
軽く咳払いをした。
「そうか。じゃあ……あとで見せてくれ」
イチの指が、ぎゅっと布の端をつまむ。
ほんのわずかに口元が緩んだ。
セリーヌはその小さな変化を見逃さなかった。
――笑ってる。
ルシアンはそんな彼女を見て、
ふっと息を吐く。
「本当は今すぐにでも見たいところだが……
あいにく仕事が山積みでな」
そう言って書類を掲げ、
名残惜しそうにドアの方へ向かった。
「すぐ戻る。
その時には――新しい服を着ていてくれ」
扉が閉まる。
残された部屋に、
小さな沈黙が訪れた。
セリーヌがイチの方に身を寄せ、
にこりと微笑む。
「さあ、急ぎましょう。
ルシアンが帰ってくる前に見せてあげなくちゃ」
イチは一瞬ためらうように視線を落とす。
けれど、
胸の奥で何かが温かく動いた。
彼女はゆっくりとうなずいた。
布の裾がふわりと揺れ、
差し込む朝の光がその髪を照らす。
セリーヌは思わず心の中で呟いた。
――「この子はもう、“生きたい”って思い始めてる」――