翌朝────…
ベッドの上でゆっくりと目を開けると、窓から差し込む柔らかな光が俺の部屋を明るく照らしていた。
昨夜の記憶はまだぼんやりと霧の中だが、頭の中ではズキズキとした痛みが主張している。
「……あ」
体を起こす前に、思わず隣に手を伸ばした。
けれど、そこにあるのはただの冷たいシーツの感触だけ。
期待していた尊さんの温もりはもう残っていない。
その事実に少しだけ寂しさを感じながらシーツを握りしめて首を傾げたその瞬間……
ズキッ!
激しい頭痛が襲い、思わず顔をしかめる。
「うぅ……痛い…」
そうだ、昨日はヤケになって酒を飲みすぎて
確か、尊さんに家まで送ってもらったんだっけ…
酷い飲み方をしてしまった自責の念に駆られつつ、記憶を辿る。
他のことはあやふやだけれど、尊さんと愛し合ったことだけは、鮮明に覚えている。
枕元にあったスマホを探して手に取ると、LINEに通知が一件表示されていた。
【烏羽主任】から1件の新着メッセージがあります。
(あれ、尊さんからだ…なんだろう?)
緊張しながらタップしてトーク画面を開く。
『二日酔いなってないか?』
たったこれだけの短いメッセージが目に飛び込んできた途端
昨夜の尊さんの熱い眼差しや優しい手がフラッシュバックし、羞恥心が一気に込み上げてきた。
熱くなった顔を隠すように、思わず布団に顔を埋めてしまう。
でも、それと同時に言いようのない嬉しさも感じていた。
尊さんが、こんな俺のことを気にかけてくれていたことが、そのシンプルな一文から伝わってきて。
布団から顔を出し、ベッドの縁に腰掛けて返信を打つ。
『今起きました。少しだけ頭痛いですけど、大丈夫そうです』
送信ボタンを押すと、すぐに「既読」マークが付いた。
しばらくして、再びスマホが振動する。
『気をつけてこいよ。また電車でな』
その文面に、俺の胸はキュンと高鳴った。
まるで俺の気持ちをすべて見透かしたかのような、大人の余裕を感じさせるメッセージ。
悔しいような、でもやっぱり嬉しいような、不思議な気持ちだ。
返事を打とうとした瞬間、ふとあることに気がつく。
(待って、今何時だっけ)
慌てて時計を見ると、文字盤はもう8時半を過ぎていた。
「うわ!もうこんな時間!!?」
二日酔いでボーっとしている場合じゃない。
今日はたまたま在宅勤務の日でよかったが、このままでは仕事に差し支える。
急いで歯磨きと洗顔を済ませ、適当な服に着替えてカバンを持ち、玄関に走った。
駅までの通勤路を歩きながら、ふと、尊さんの顔が脳裏に浮かぶ。
(今日も電車で尊さんに会えるんだ)
そう思うと、自然と足取りが軽くなる自分がいた。
◆◇◆◇
数十分後──…
改札を抜けてホームに上がると、ちょうど到着した電車のドアが開いたところだった。
心臓がドキドキと高鳴るのを感じながら、ステップを上がる。
(尊さん……いるかな?)
空いている席を見つけて腰掛け、周囲をそれとなく探すが、見当たらない。
一駅、二駅と電車が進んでいく。
三つ目の駅に止まったとき、多くの社会人や学生がぞろぞろと出入りを繰り返す。
混雑する車内を見上げると、その視界の端に見慣れた黒髪が映った。
「…!尊さん!」
「おう。はよ」
「おはようございます!」
俺の動揺とは裏腹に、尊さんはまるで何事もなかったかのような自然な挨拶を交わす。
昨夜の出来事が夢だったかのように、いつも通りの尊さんの顔だ。
幸いにも近くの席が空いたので、俺たちは並んで腰掛けた。
自然と肩が触れ合う距離になる。
すぐ隣にある尊さんの体温を感じて、昨日の記憶が鮮明に蘇り、思わず俯いてしまった。
「具合はどうだ?」
尊さんが心配そうに尋ねる声が、鼓膜に優しく響く。
「あ……はい!なんとか大丈夫です」
そんな俺の膝に、尊さんの手がそっと置かれた。
「ならいいが、次から気をつけろよ」
短い言葉だったが、その温かい声色は
紛れもなく俺のことを大切に想ってくれているのが伝わってきた。
強い言葉でも、それが嬉しくてたまらない。
「はい!」
窓から見える景色は、いつも通勤時に見ている景色と何ら変わりないはずなのになぜか今日は特別なもののように感じた。
やがて目的の駅に到着するとアナウンスが響く。
降りる準備をしている最中も、尊さんは「手貸せ」「忘れ物ないか」と、まるで子供を扱うように気遣ってくれる。
その子供扱いっぷりに「もう、心配しすぎです!」と頬を膨らまして反論すれば
「そうか?」といつもの調子で笑われるばかり。
電車を降りてホームへ出ると、朝靄のかかった空気の中
多くの人々がそれぞれの目的地を目指して歩いていく。
そんな流れの中に身を委ねるように、俺たちは二人並んで歩き出した。
少し肌寒いが、隣に尊さんがいることが、俺の心を温めてくれるようだった。
◆◇◆◇
退社後──…
街灯がちらほら灯り始めた帰り道。
昼間の喧騒とは打って変わって静かな住宅街を、尊さんと並んで歩いている。
最初は「今日は冷えるな」なんて他愛ない話をしていたのが、段々と仕事の話になっていった。
尊さんは少し間を置いて口を開いた。
「そういや課長が言ってたが、来週取引先の社長が挨拶に来るらしいな」
「そう言えば言ってましたよね!確か…『グラフィクス・リード』っていうデザイン会社でしたっけ?」
「あぁそうだ、なんでも企画開発部に前の部下がいるとかで、こっちにも顔出すみたいだぞ」
へぇ~と相づちを打ちながら、社長がわざわざ過去の部下に会いにくるなんて、いい上司なんだろうなと思った。
そのとき、尊さんが自分のスマートフォンを弄り、その会社のホームページを開いてくれた。
「ほら、この人だ」
そう言って指さした画像に目を向けた瞬間、俺は言葉を失った。
「室井、たかつぐ…か?」
「え……」
コメント
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全くお話とは関係のない話ですが、アイコン変えられたんですね✨️ とっても素敵です🌼