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ないこは血のついたナイフを握ったまま、ゆっくりと俺へ歩み寄る。
その足音がやけに大きく響き、喉がひりつくほどに乾いた。
『ねえ、いふさん』
突然、ないこの声がいつもの柔らかいトーンに戻った。
しかし、その瞳だけは鋭く光ったままだ。
『なんで…助けに来たの?』
問いかけというより、試すような声音。
俺はうまく言葉を探せず、唇が震えた。
「……放っておけなかった、から」
『ふーん…フォークのくせに?』
くすっと笑う。
その笑いには、ぞっとするほどの冷たさと、どこか喜びが混ざっていた。
『俺はフォークが大嫌い。近づいてきたら全部、こうやって“片づける”って決めてる』
倒れたフォークを見つめながら、ないこは無表情で言った。
『でもね…』
『いふさんだけは、殺していいかどうか…まだ迷ってる』
息が詰まった。
恐怖で体が冷えるのに、心臓だけがやかましく脈打っている。
『いふさん、俺に近づいたよね? 昼ごはんも一緒に食べたよね? フォークなのに…俺に優しくしたよね?』
一歩。
ないこがさらに距離を詰めてくる。
ナイフの刃先が、俺の頬のすぐ横まで近づく。
『そういうフォークってさ…いちばん、イヤなんだよね』
胸の奥がぎゅっと掴まれたように痛む。
恐怖か、それとも別の感情か、自分でも分からない。
「な…ないこ」
震える声でも、かすれた声でも、伝えなければならないと思った。
「俺は…ないこを食べる気なんかない。
ただ、守りたかった」
その瞬間、ないこの動きがぴたりと止まった。 刃がほんのわずか下がる。
『…守る?フォークのくせに?』
「フォークでも…食器でも、なんでもいい。
ないこを傷つけたくなかった。 」
言い終わると同時に、ないこはゆっくりとナイフを下ろした。
代わりに、俺の胸元に指を伸ばし、ぎゅっと掴む。
『…いふさん』
初めて見る、怯えたような、子どものような目。 牙をむいていた本能の奥に隠れていた“本当の本当のないこ”が、そこにいた。
『俺…どうしていふさんだけ、殺せないんだろう』
その呟きに、胸が締めつけられた。
そして―
ないこは、俺にそっと額を預けた。