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第十二章 ラディスへの帰還
第十四話 紅く染まる 前編
ラディスの商店街。
活気ある大通りから少し外れた、
細い路地の奥。
その店はひっそりと建っていた。
古びた外観。
掠れて読めない看板。
窓から覗く店内は、昼間だというのに薄暗く、雑多に物が積み上げられた棚と、小さなカウンターが見える。
シュンタは立ち止まり、じっとその店を見上げた。
「……ほんま怪しい店やなぁ」
そう呟くと、ギギィ……と軋む木の扉を押し開ける。
その瞬間、湿った古い紙や金属の匂いが鼻を突いた。
「うっわ……」
思わず顔をしかめる。
店内には、古びた魔道具。
見たこともない素材。
用途不明の金属片
瓶詰めされた謎の液体。
そんなものが雑然と積まれていた。
「へえぇ…」
シュンタはその棚を物珍しそうに眺めながらカウンターへ近付く。
すると。
「誰だ?」
店の奥から一人の男が顔を覗かせた。
低い声。
無精髭。
鋭い目つき。
だがシュンタを見るなり、その表情が変わった。
「……おぉ?」
次の瞬間。
ニヤリと笑う。
「よう、シュンタじゃねーか!
久しぶりだな!」
「なんやボッツ!辛気臭い店やね〜」
シュンタが笑う。
男は鼻を鳴らした。
「余計なお世話だ」
ぶっきらぼうに返しながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。
シュンタはカウンターへ肘を突き、ニコニコと男を見上げる。
「ボッツ、元気しとった?」
「ああ、まぁな」
ボッツは懐から煙草を取り出した。
慣れた手付きで火をつける。
ゆっくり煙を吐いた。
「そっちはどうなんだ?
色々噂は聞いてるぞ」
「へぇ〜?」
シュンタが紅い目を細める。
「どんな噂?」
ボッツは煙草を咥えたまま、じっとシュンタを見る。
「お前、今……」
「皇子やら王子やらと一緒なんだろ?」
「それから――」
一瞬間を置く。
「黒髪黒眼の、“月蝕の子”」
その瞬間、シュンタの眉が僅かに動いた。
静かな沈黙。
煙草の煙だけがゆっくり漂う。
ーー俺が今商団を離れていることは、ごく一部の仲間しか知らない。
まして。
誰といるか。
どこへ向かっているか。
目的など話したこともない。
「……ふ〜ん」
シュンタは笑った。
だがその笑みは普段とは違う。
「色々知ってそうやなぁ、……ボッツ」
ボッツはその空気を察したのか、ははっと笑う。
「そんな警戒すんなよ」
煙を吐く。
「俺は敵じゃねぇ」
その言葉に、シュンタもふっと息を抜いた。
「わかっとるって!」
いつもの調子で笑い返す。
「ちょっとびっくりしただけや」
そして店内を見回した。
「……ほんまに店、持ったんやな」
「にしてもこの店、お客さんおるん?」
「失礼なやつだな……」
ボッツが呆れたように笑う。
「まぁ、ぼちぼちだ」
棚には古びた魔道具や珍しい素材が並んでいる。
どれも怪しい。
だが見ているだけで少し面白かった。
「商団にいた頃の夢」
ボッツがぽつりと言う。
「ようやく叶ったんだからさ、」
その言葉に、シュンタは少し目を細めた。
「もうちょいシャレオツに改装したらどうなん?」
「雰囲気ってもんがあんだろ。男のロマンだよ」
「男のロマンねぇ……」
シュンタが笑う。
「まぁ、分からんでもないわ!」
暗い店内に、二人の笑い声が響いた。
穏やかな空気が流れる。
しばらく雑談したあと。
ボッツが煙草を灰皿へ押し付ける。
「で?」
「今は何調べてんだ?」
シュンタは少し考え込む。
「ん〜……色々あんねんけど……」
そして。
「……最近の教会の動き、なんか感じん?」
ボッツは眉を寄せた。
「教会?」
しばらく考えたあと、ゆっくり頷く。
「確かにここ二ヶ月くらいか……」
「なんつーか、妙に活動が活発だな」
「必死っつーか……」
「まぁ魔物が増えてるのもあるんだろうが」
シュンタは小さく目を細めた。
やっぱり。帝国内だけじゃない。
教会は動き出している。
「……月蝕の子絡みか?」
ボッツが低く聞く。
シュンタは少しだけ笑った。
「まぁ、そんなとこや」
軽く答える。
だがその胸の奥には、じわりと嫌な感覚が広がっていた。
その時
「あーそういや!」
ボッツが何かを思い出したように声を上げる。
「聞いたぞ、ミストア村の話!」
「え!?」
シュンタが目を丸くする。
「もう伝わっとるん!?つい数日前のことやで!?」
「まぁ表向きじゃねぇけどな」
ボッツが肩を竦める。
「一部じゃ結構話題だ」
「月蝕の子が、村に押し寄せた魔物を吸収して救ったんだろ?」
「ちょっとした英雄譚だぞ」
その言葉にシュンタは少し視線を落とした。
「……ふ〜ん」
世間からすれば、ジントは英雄、救世主。
だが教会にとっては、きっと違う。
「……面白くないやろなぁ」
小さく呟く。
「ん?」
「なんでもない」
シュンタは笑って誤魔化した。
すると突然、ボッツがパンッとシュンタの肩を叩いた。
「ま、暗い話ばっかもアレだしな!」
「ちょっと時間は早いが、付き合えよ!」
「ん?」
「いい店知ってんだ」
「おっ、ええやん!」
ボッツは店の奥へ引っ込んでいく。
一人残されたシュンタ。
ふと、シュンタの視線が近くの棚へ置かれた小さな木箱へ向いた。
何気なく手に取り、蓋を開ける。
中には、割れた魔石。
壊れた魔道具の欠片。
何かの部品と思われる金属片。
使い道を失った物ばかりが雑多に押し込められていた。
どれも長い間放置されていたのだろう。
薄く埃を被っている。
「……なんやこれ」
小さく呟きながらシュンタは中を探る。
そして箱の底。
破れた布の隙間に、小さな金属片のようなものが見えた。
取り出してみる。
それは、一本の古びた鍵だった。
表面には汚れがこびりついている。
シュンタは指でそっと拭う。
その瞬間、息が止まった。
小さな円。
その内側に刻まれた、見覚えのある紋章。
「……っ」
胸の奥がざわつく。
「……月の紋章……?」
思わず声が漏れた。
指先で、もう一度その刻印をなぞる。
「……なんで、こんなもんがここにあるんや」
答える者はいない。
ただ古びた鍵だけが鈍い輝きを放ち、静かに月の印を刻む。
シュンタは少し迷ったあと、鍵を大切に懐へしまった。
「……まあ」
「後でボッツに聞けばええか」
そして
「おーい! 行くぞ!」
店の奥から聞こえる声。
「はーい!」
シュンタは軽い調子で返事をすると、支度を終えたボッツと共に外へ出た。
路地を抜ける。
肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。
ラディスの空は、今日も穏やかだった。
けれどその裏側では、確実に何かが動き始めていた。
コメント
1件
うわ、第43話読みました!シュンタとボッツの再会シーン、冒頭の怪しい店の描写にまず引き込まれました。「ほんま怪しい店やなぁ」からのギギィ…って音、情景が浮かびますね。それにしても「月蝕の子」の噂がここまで広まってることに驚くシュンタの反応と、あの鍵!月の紋章が刻まれた鍵が出てきた瞬間、心臓が跳ねました。これは絶対に後で大きな意味を持つ伏線ですよね…?次回が待ち遠しいです!