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船の確認を、一通り終了した。
どうやらこの船、魔力機関以外は現役時代同様かそれ以上に整備されているようだ。
それだけマシューさんも、思い入れがあるのだろう。
その船を、いきなり来た素性不明な若造が「修理できる」と言っても、任せてくれるだろうか。
しかしここは、聞いてみるしかない。
絶縁樹脂さえあれば、修理が可能な可能性が高い。
そしてこの魔力機関を作った人も、絶縁部分の経年劣化で故障する可能性はわかっているはずだ。
ほぼ同じ構造の神力機器の場合、毎回のメンテナンスで絶縁部分の経年劣化を防ぐ措置をするのが普通だからだ。
なんならマシューさんも、対処についてある程度は聞いているかもしれない。
自分でメンテナンスや修理ができないとしても、話くらいは。
なら聞くべきなのは、まず魔力機関修理用の絶縁樹脂があるかどうかだ。
運が良ければそれで察してくれるだろうし、察してくれなければ、もう少し状況を話して修理をしていいか聞くしかない。
ということで覚悟を決めて、事務室へと戻る。
「どうだった。いい船だろう。魔力機関以外は現役のままだ。魔力機関さえ動けば、三角帆の船より速く自由に沖に出ることができるんだが」
その通りだ。
俺は頷き、そして言葉を間違えないよう考えつつ、口を開く。
「ええ。そこでマシューさんに質問です。あの船にはメンテナンス用品として、植物樹脂を固めたものか、植物樹脂に似せて合成した樹脂が備え付けられていなかったでしょうか。魔力の絶縁用という名目で」
マシューさんの表情が変わった。
まずい、何か間違っただろうか。
前世の神殿の場合、こういった場合の対処は、合理性ではなく部署の力関係で決まる。
想定の斜め上の使い方をして壊した場合でも、向こうの部署がこちらの部署より格上だと、きちんと理をもって説明するより、ただただ頭を下げてやり過ごした方が結果的に早い。
そしてこの場は、一介の新人冒険者である俺より、マシューさんの方が格上だ。
ただ、この程度で怒るような人間なら、いずれ話は通じなくなる。
なら早いうちに切っておいた方が、面倒がなくていい。
紹介してくれたバラモさんには悪いけれど、マシューさんに話を聞くのは諦めよう。
これはマシューさんに話を聞く業務ではなく、インガンダ・ルマを捕獲して搬送する業務だ。
他に方法がないわけではないのだから。
「ひょっとしてお主は、冒険者ではなく魔力機関の技術者なのか?」
おっと、大丈夫そうだ。
感情に動かされず冷静に対処できる人間、もといドワーフのようだ。
なら多分、大丈夫だろう。
「今は冒険者ですし、技術系の魔法を業務とするつもりはありません。ですが、あの船の魔力機関を解析する程度の魔法と、同等の機械類を整備および補修する魔法は使えます」
「ならちょっと待ってくれ」
マシューさんはそう言って立ち上がり、部屋の左奥の棚の下の扉を開け、いかにも密封されていますという感じの金属箱を取り出した。
4リットルのオイル缶くらいの大きさの箱を、2個。
「確かに以前、師匠からメンテナンス用として資材を預かった。この2個の箱だ。もし魔力機関の修理ができる魔法を持っているのなら、どちらが絶縁用の樹脂か、わかるだろう」
なるほど、そうやって俺が本物かを確かめる手段に出たか。
なお箱2つとも、絶縁用の樹脂ではない。
片方は導線に使用していたミスリルが入っていて、もう片方は絶縁用ではあるけれど、導線をびた漬けにして守るタイプの油脂だ。
ここは正直に答えるのが正解だろう。
この2つを見て感じた俺の思いとともに。
「右の箱は魔力導線に使用されているミスリルで、左の箱は絶縁用ですが、樹脂ではなく油ですね。ただ導線用のミスリルまで用意してあるとは、あの船は相当に大事にされていたんですね」
ミスリルは貴重だし、高価だ。
だから前世では、安価で神力伝達性能はほぼ同等だが加工性が低く耐久性も劣る木炭魔法加工物質細密管を使用していた。
きっとこの世界でも、ミスリルは貴重だし高価だろう。
それを40kg、修理のためだけにとっておくなんてのは、よほどのことがなければできない。
マシューさんは、小さく頷いた。
「本物か。だが魔力機関の技術者にしては、若すぎる。そうは見えないが、ひょっとしてエルフかハーフエルフなのか」
どうやら認めてもらえたようだ。
あと、確かに年齢に見合わない知識だというのも事実だろう。
「エルフでもハーフエルフでもありません。でもまあ、それは別として。導線補充用と絶縁用油があるなら、樹脂も間違いなくありますね。しっかり密封して、使用に耐える状態のものが」
「ああ」
マシューさんは同じ棚の奥から、先程出したものの倍の厚みがある箱を取り出す。
間違いない。中身は精製した植物性の絶縁樹脂だ。
「これだろう。さて、これであの船はまた沖に出られるのか。もし修理できるとすれば、代価はいくらになる」
「代価はいりません。ただし、条件があります」
俺はこの世界では、釣りをしながら、たまに冒険者として稼ぐつもりだ。
技術者としてこき使われて早死にするなんて人生、二度とやりたくない。
「何だ。できる限りのことはする」
「ひとつは船が修理できても、直したのが俺であるとは誰にも言わないことです。俺はあくまで冒険者で、技術者をする気はありません。
もうひとつは、修理したら俺も一緒に連れて沖に出て、インガンダ・ルマ釣りに付き合わさせてもらうことです。実は明後日に用件があるので、できれば今夜か明日の昼頃までに行きたいと思っています。修理ができるとすれば、1時間少々で終わるはずです」
そこまで言って、あとついでということで付け加える。
「でも良ければその後も、たまには沖釣りに連れて行ってもらってもいいですか。これは条件ではなくて、単なる希望ですけれど」
「1時間少々でできるのか!」
これは問題ない。
俺は自信を持って頷く。
「ええ。絶縁材の他に導線も絶縁油もある。これならよほど問題がない限り、作業はその程度の時間で済みます。それ以上かかる作業はないはずです」