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《NASA/PDCOオペレーションルーム》
カウントダウンの数字は、
もうゼロを過ぎていた。
だがスクリーンの上部には、
別の数字が残っている。
『TCA(最接近時刻)からの経過:+06:30』
『光行時間(片道):+06:30』
「――実際の衝突は、
“もう六分半前”に終わっている。」
アンナ・ロウエルが
確認するように呟く。
「これから見るのは、
六分半前の宇宙の“録画”よ。」
モニターの一角で、
ツクヨミと Fragment B の
相対距離グラフが更新される。
縦軸:距離。
横軸:時間。
線は
するすると縮み、
やがてゼロに向かって落ちていく。
「テレメトリ、更新入りました。」
オペレーターが声を上げる。
「時刻T0直前に
ツクヨミ側の信号がロスト。」
「その直後、
Fragment B の見かけの明るさが
急上昇しています。」
別の担当が、
リフレッシュされたデータを示した。
「JPL/CNEOS 側解析。」
「Fragment B の光度曲線に
“急なピーク+ゆるやかな減衰”が確認されました。」
「おそらく、
表面の破砕と
破片の散乱によるものです。」
スクリーン上で、
シミュレーション映像が再生される。
小さな筒状の機体が
石の塊に突っ込み、
白い粉と破片が
花火のように広がる。
もちろん、
実際の映像ではない。
だが誰も止めなかった。
新人スタッフが
思わず息を飲む。
「……当たった?」
アンナは、
数式が並ぶ別画面をにらみながら答えた。
「“当たった可能性が高い”。」
「まだ“確定”とは言わない。」
「でも――」
彼女は、
Fragment B の軌道図を指さす。
「この“明るさの跳ね上がり”と
“速度ベクトルの変化”を見る限り、」
「ツクヨミは
ちゃんと石の心臓を叩きにいった。」
解析担当が
次々と数値を読み上げる。
「Fragment B の速度、
進行方向(along-track)成分が
約0.8mm/s減少した可能性。」
「法線(normal)方向にも
わずかな変化。」
「軌道半長径と離心率の変化は
現在フィッティング中。」
新人が顔をしかめる。
「……0.8ミリ毎秒って、
それで本当に何か変わるんですか。」
アンナは
苦笑しながらも、真剣に頷いた。
「“今この瞬間”には
ほとんど何も変わらない。」
「でも、
地球まで数百万kmある距離を
その速度で走り続けると、」
「“何百km単位の差”になって
返ってくる。」
「その“何百km”が、
“海に落ちるか陸に落ちるか”を
分けるかもしれない。」
彼女は
深く息を吸い込んだ。
「IAWN 向け速報を出しましょう。」
「“ツクヨミとみられる衝突現象を確認。
Fragment B の軌道に有意な変化の兆候あり。
詳細は数時間以内に更新”。」
スタッフたちが
一斉に動き出す。
(石は殴った。
問題は――)
(どこまで心臓が動いたか、だ。)
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンス管制室》
日本時間、午前。
管制室の壁には、
世界各地の観測施設の名前が
ズラリと並んでいた。
『美星スペースガードセンター』
『Subaru望遠鏡』
『欧州各地の中口径望遠鏡』
その横に、
小さなマーク。
観測成功:◎
データ送信中:▷
天候不良:×
「美星からのデータ、
入りました!」
若手が声を上げる。
「Fragment B の
光度変化、
NASA側の解析とほぼ一致。」
「“一度強く明るくなって、
そのあとじわじわ暗くなる”パターンです。」
別の担当が、
映し出されたグラフを指さす。
「スピン状態も
変わっている可能性が高いです。」
「回転周期が
ほんの少し伸びている。」
白鳥レイナは、
ホワイトボードの前に立った。
「まとめるわね。」
「① ツクヨミはおそらく命中。
Fragment B 表面が破砕され、
小さな破片雲ができた。」
「② その結果、
進行方向の速度が
ごくわずかに遅くなった。」
「③ 軌道自体も
“ほんの少しだけ”外側にずれた。」
若手が
期待を込めて口を開く。
「……ってことは、
地球から離れたってことですか?」
レイナは
即答しなかった。
モニターには、
最新の“予測落下コリドー”が映っている。
昨日よりも
赤い帯は細く、
そして――
「……“確率の低かった場所”は
削れた。」
レイナは、
ゆっくりと言葉を選んだ。
「でも同時に、
残った帯は
“より濃く、より狭く”なっている。」
地球の上にかかる
細い赤い線。
その中心は、
やはり東アジアを貫いていた。
「“どこに落ちるか分からないかも”から、」
「“落ちるとしたらこのあたり”へ。」
「ツクヨミは、
その“絞り込み”も
同時に進めてしまった。」
若手が、
息を詰めるように問う。
「日本……ですか。」
レイナは、
そこだけははっきり言葉を濁した。
「“日本を含む東アジア”。」
「今の段階で
『日本に落ちる』と
ラベルを貼るのは、
まだ早すぎる。」
「でも、
“日本も十分にコリドーの中にいる”ことは
認めざるを得ない。」
(ツクヨミは、
Fragment B の“石の心臓”を殴り、)
(同時に“どこが殴られるか”を
はっきりさせてしまったんだ。)
《総理官邸・状況室》
JAXAとNASAからの
速報レポートが
テーブルに並べられる。
藤原危機管理監が
淡々と説明した。
「――結論から申し上げます。」
「ツクヨミは
“命中した可能性が高い”。」
「Fragment B の軌道には
有意な変化の兆候あり。」
「ただし、
“地球衝突リスクが消えた”とは
到底言えない状況です。」
鷹岡サクラは、
書類から目を離さない。
「“到底言えない”どころか、
むしろ――」
黒川科学顧問が
メガネを押し上げた。
「むしろ、
“地球に落ちる場合の
候補がかなり絞られた”状態ですね。」
「JAXA・NASA・IAWN の共同解析では、」
「Fragment B から
さらに“小さなコア”が
形成されたとみられています。」
防衛大臣の佐伯が問う。
「コア?」
「はい。」
黒川は、
簡単な図を描いて見せた。
大きな丸に、
小さな丸がいくつか
ひっついている。
「ツクヨミの衝突で
Fragment B の外側が削れ、」
「“砕けた部分”は
地球を外れる軌道に
逃げる可能性が高い。」
「しかし中心部――
いわば“石の心臓”の部分は、」
「直径60メートル前後の
新たなコアとして
なお地球方向に向かっていると
推定されています。」
室内の空気が
一段冷えた。
「……60メートル。」
サクラは
その数字を繰り返す。
「220メートルだったものが、
120メートルになり、
さらに60メートル。」
「“小さくなったから安心”という
話ではないわね。」
黒川は苦い顔をした。
「はい。
確かにエネルギーは
大きく減りました。」
「ですが、
60メートル級でも
広島型原爆の数百発分に
相当する衝突エネルギーです。」
「落下地点によっては
甚大な被害は避けられません。」
藤原が
資料の一部を指さす。
「問題は、
“そのコアの落下コリドー”です。」
「最新の解析では――」
サクラは、
その先を自分で読み取った。
『東アジア内陸部~日本列島周辺
(特に日本海~本州東北~関東一帯)を
通過する可能性が高いコリドー』
(“日本”が、
もう“ただの一国”じゃなくなる。)
(“世界の終わり方”の中心として
地図に浮かび上がってしまう。)
「……今すぐ
“日本に落ちる”とは
発表しません。」
サクラは、
はっきりと言った。
「まだ不確定な要素が多すぎる。」
「でも、
国内の防災体制と避難計画は、」
「“日本に落ちる可能性が
十分にある”前提で
準備を進めます。」
防衛大臣の佐伯が頷く。
「了解しました。」
「自衛隊としても
“最悪のケース”を
前提に動きます。」
藤原が
確認するように言う。
「国民への説明は――?」
サクラは、
少しだけ目を閉じた。
「今日は、
“ツクヨミ命中の可能性が高い”ことと、」
「“地球衝突リスクは
依然として残っている”ことだけ
簡潔に伝えます。」
「“落下地点が絞られつつある”話は、
もう少し数字が固まるまで
官邸と一部自治体に留めておきましょう。」
(言わないことで
守れる命もある。)
(でも、
“知らなかったから逃げ遅れた”
と言われる未来も
絶対に避けたい。)
(その綱引きが、
これからしばらく続く。)
《ニュース番組スタジオ》
スタジオの大型スクリーンには、
ツクヨミとFragment B の
CGアニメーションが映っていた。
キャスターが
落ち着いた声で伝える。
「――JAXAとNASAは、
第二のキネティックインパクター
“ツクヨミ”が、」
「オメガから分裂した
120メートル級の破片
“Fragment B”に、」
「“命中した可能性が高い”と
発表しました。」
別画面には、
世界中の人々の様子。
カフェで
食い入るように画面を見る若者。
避難所で
小さなテレビを囲む人々。
ゲストの科学者が
解説を続ける。
「今回の衝突で、
オメガの破片は
さらに砕けたと考えられます。」
「その結果、
地球に落下する可能性のある
“コア”が小さくなった一方で、」
「“落ちるとしたら
どのあたりか”の予測は、
以前よりも絞られていくと
見られています。」
コメンテーターが問う。
「つまり、
“助かった地域と
そうでない地域が
はっきりしていく”ということですか?」
「……厳しい言い方をすれば、
そういうことです。」
(助かった、
という言葉を使える人と、)
(使えない人が、
地図の上で別れていく。)
その事実を
すぐに言葉にはできず、
スタジオには
一瞬の沈黙が落ちた。
《黎明教団・本部》
薄暗いホールの中央で、
天城セラが
静かに目を閉じていた。
大型スクリーンには、
ニュースのテロップ。
〈第二の矢ツクヨミ、
オメガ破片に命中か〉
セラは、
集まった信者たちに
ゆっくりと語りかける。
「石の心臓を
人間の矢が叩きました。」
「世界はそれを
“成功”と呼ぶでしょう。」
「“危険が少し減った”と
喜ぶでしょう。」
彼女は目を開ける。
その瞳には、
どこか遠い光があった。
「けれど私は、
こうも思うのです。」
「“終わることで
救われるはずだった魂”の中には、」
「まだこの世界に
つなぎ止められてしまったものも
あるのではないか、と。」
ざわめく信者たち。
セラは、
柔らかく微笑む。
「でも、
神の計画は
そんなに単純ではありません。」
「石は砕けました。」
「大きな刃は
小さな刃に変わりました。」
「それは、
“試練が形を変えた”ということ。」
「私たちは、
どんな形であれ
“来るもの”を受け入れる
準備をしておきましょう。」
その言葉は、
心を落ち着かせる祈りのようであり、
同時に
“次の混乱”の予告のようでもあった。
《アメリカ・ホワイトハウス》
国家安全保障会議の部屋には、
世界地図と軌道図が並んで映し出されていた。
アメリカ大統領・ルースは、
椅子に深く腰掛けたまま
JAXAとNASAの合同レポートに目を通す。
「――で、結局どうなんだ。」
軍制服を着た統合参謀本部議長が答える。
「ミスター・プレジデント。
ツクヨミは“命中した可能性が高い”。
しかし、60メートル級のコアが
なお地球方向に向かっているとのことです。」
科学顧問がタブレットを示す。
「エネルギーとしては
広島型原爆の数百発分。
落下地点によっては
都市一つが致命傷を負い得る規模です。」
ルースは、
握っていたペンを
テーブルに“コトリ”と置いた。
「“ゲームクリア”には程遠い、か。」
誰も笑わない。
ルースは、
窓の外の冬空を見やった。
「全世界に向けてコメントを出す。」
「“我々は一発目を当てた。
だが、戦いは続いている。”」
「それから――」
彼は、
地図上の“東アジア”に視線を向ける。
「日本とは、
これまで以上に
密に動く必要がある。」
「“矢を放った責任”は
撃った側だけでなく、
その矢を託した全員のものだ。」
《ヨーロッパ・某国首相官邸》
ヨーロッパのある国では、
首相が深夜の記者会見に立っていた。
「――ツクヨミの衝突は、
オメガの脅威を
完全には取り除いていません。」
「しかし、
“地球を守るために人類が手を伸ばせる”
ことを証明した一歩です。」
記者が問いかける。
「首相。
自国への落下リスクは
減ったと見てよいのでしょうか。」
首相は、
ほんの一瞬だけ言葉に詰まり――
慎重に答えた。
「解析結果を見る限り、
“我々の地域に直接落下する可能性”は
かつてより下がったと考えられます。」
「だが、
誰か一国だけが
“助かった”と喜ぶべき状況ではない。」
「どこか一つの地域が壊れれば、
経済も物流も気候も、
全て世界につながっているのだから。」
《仮設避難所》
体育館を改装した避難所の一角で、
折り畳みベッドに座る人々が
小さなテレビを見つめていた。
『第二の矢ツクヨミ、
オメガ破片に命中か』
画面のテロップに続き、
アナウンサーの声が流れる。
「――しかし、
60メートル級のコアが
なお地球方向に向かっているとのことです。」
毛布にくるまった老人がつぶやく。
「当たったって、
まだ終わらないのかい。」
隣に座る小学生くらいの男の子が、
毛布の端をぎゅっと握る。
「でもさ、
なんにもしてなかったら
もっとヤバかったんでしょ。」
「だったら、
“がんばってくれてありがとう”って
まず言わない?」
母親が
息子の頭をぽんと叩く。
「……そうだね。」
「文句言うのは、
ちゃんと“最後まで”見てからにしようか。」
体育館の隅では、
ボランティアの若者たちが
配給用のパンを並べながら
スマホでニュースを確認している。
「あの矢にも
名前とか番号とか付いてるんだよな。」
「“ツクヨミ”ってさ。」
「……ちゃんと覚えとこ。」
「後で“あの時、
ツクヨミが頑張ったから今ここにいる”
って言えるかもしれないし。」
《世界各地・それぞれの画面の前で》
・アフリカの地方都市。
停電と復旧を繰り返す街で、
ソーラーパネルで充電したスマホに
ニュースの文字だけが表示される。
『第二の矢、隕石の一部に命中か』
青年は、
土埃の舞う道端で
画面を見つめる。
(こっちに落ちる可能性は
少し減ったらしい。)
(でも、
どこかには確実に落ちるかもしれない石を、
誰が“背負う”ことになるんだろう。)
・南米・サッカースタジアムの外。
試合前の広場の巨大スクリーンには、
いつものハイライトの代わりに
“宇宙のCGアニメ”が流れていた。
矢が石にぶつかり、
キラキラと破片が散る映像。
観客の一人が
ビール片手に言う。
「なんか、
“スーパーヒーローのオープニング”
みたいだよな。」
友人が肩をすくめる。
「ヒーローものは
最後に街が元通りになるけど、」
「今回はそうはいかないかも
しれないぜ。」
それでも彼らは、
やがて始まる試合のことを話し始める。
日常と終末が、
奇妙に同じ画面の中に
同居していた。
・中東のある国の地下シェルター。
爆撃用に作られた避難施設で、
家族連れが“別の空から来る脅威”のニュースを
見ている。
母親が子どもを抱き寄せる。
「空の上から
落ちてくるものには、
もう慣れたと思ってたけど。」
「……さすがに“隕石”は
想定外だったわね。」
父親は、
苦笑ともため息ともつかない声を出す。
「それでも、
誰かが上で
ハンドルを握ろうとしてる。」
「それだけは、
少し救いだ。」
Day26。
オメガ予測落下日まで26日。
第二の矢ツクヨミは、
オメガから分かれた120メートルの破片
Fragment B の「石の心臓」を叩き、
その一部を砕き落とし、
新たな60メートル級のコアを
生み出してしまった。
地球衝突リスクは、
“消える”のではなく
“形と場所を変えながら
なお残り続ける”。
守られた空と、
これから試される空。
その境目が、
ゆっくりと、
しかし確実に
地図の上に浮かび上がりつつあった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.