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「昨日、彪斗くんとじゃなく『寧音ちゃんと暮らしたい』って言われて腹立ってのかな、って。それで眠れなかったのかな、って…」
「…べつに、んなわけ…なんだよおまえ、そんなこと気にしてたのか…?」
「だって…。部屋を出ていく時の彪斗くん、ちょっといつもとちがったから…」
一瞬目を見開いたけど、ふっ、と彪斗くんはすぐに目を細めた。
あのヤマネコのような、鋭い微笑だ…。
「なに、おまえ…ホントは俺と暮らしたかった、とか言いたいの?」
「ち、ちがうよ…っ!ただ、彪斗くんを怒らせたんじゃないかって、心配で仕方がなかったから…っ」
「じゃ、なんだよ。もし俺が怒ってたら、今日から一緒に暮らしてくれたの?おまえ」
「えっ…それは…」
獲物を狙うような顔で、彪斗くんがじっとのぞきこんでくる。
「…いいのかよ。俺と暮らしたら、多分おまえ…寝られないよ?」
「…え」
どういう、意味だろう?
「ベッドに入ったまんま、数日は出られないよ…?」
「……?えっと…それは、彪斗くんの『抱きまくら』になってしまう、ってこと?」
きょとん、と彪斗くんが目を丸めた。
けど。
「ぷっ…!あっははっは!!やっぱマジボケてんな、おまえ」
お腹を抱えて爆笑する。
なんだかすごくおバカなことを言ってしまったと気づいて恥ずかしく思うもののそこまで笑い転げる彪斗くんに、わたしはちょっとムッとなる。
「もう…!笑い過ぎだよ、彪斗くんっ」
と腹立ち紛れに手を振り上げた、けど。
ぱしっ、とあっけなくつかまれてしまう。
いつしか、彪斗くんの顔は真剣な表情に変わっていた。
どくり、と脈が速くなったわたしの手首を引き寄せ、彪斗くんはうやうやしく指先に唇をつけた。
その微かな柔らかさと温もりだけで、全身が総毛立つような感覚に襲われる…。
「あ、やとくん…」
はなして…と続けようと開いた唇から、そのまま小さな悲鳴をもらしてしまった。
かぷ、って。
彪斗くんが指先に、白い歯をたてたから…。
「やっぱおまえ、可愛い」
「……」
「すっげぇ、可愛いよ…」
独り言みたいに、吐息まじりにつぶやいて。
彪斗くんはネコみたいに、わたしの指に頬をこすりつける…。
「あーなんか、すげぇ、しあわせ。こんなに満たされた気持ちになったの、初めてかも」
「……」
「こんなガキみたいなやりとりだけで、俺をこんなに満たしてくれるなんて、すごいね、おまえ」
そうつぶやく彪斗くんを照らすように、朝日がさしこんでくる。
柔らかい光に包まれたその顔は、ほんとうにしあわせそうで、穏やかだ。
こんな表情の彪斗くん、見たことがない。
どくり、どくり
わたしの胸が、また弾む。
今度のは、苦しくない…。
やさしい気持ちに満たされて、今度はわたしが、彪斗くんを抱き締めたくなるような…。
不思議。
出逢ってまだ一日しか経ってないのに。
いろんなあなたを知って、わたしも新しい自分を見つけてしまう。
そうやってもっと、あなたの心を見せてほしい。
ほんとのあなたを、もっともっと知りたいよ…。
「おーい、優羽ちゃーん!」
どこからか声が聞こえてきて、わたしは彪斗くんから視線を逸らした。
「どこいったの?優羽ちゃーん?」
寧音ちゃんだ。
そっか…!
もう陽もすっかり昇ってるもんね。
寧音ちゃん、心配してるかも。
「ち、寧音のヤツ、いつもいいところで邪魔しやがって」
そう言う彪斗くんだけど、声はさっきよりずっと穏やかだった。
こいよ、優羽。
ってわたしの手を引いて、館へ戻っていく。
その手をちょっと握り返して、
わたしは彪斗くんについていく。