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第186話:ロックオンされたカモ〜社長のイキりと、捕食者の微笑み〜
『——お客様、すごく芸術をわかっていらっしゃるんですね』
帯広駅前、とかちプラザの特設展示会場。
ファン〇ジ〇文庫で大人気の神絵師が描いた版画の前で、プロデューサー気取りでウンウンと頷いていた俺の背中に、甘く心地よい声がかけられた。
振り返ると、そこにはタイトな黒スーツを着こなした、モデルのように美しい女性スタッフが立っていた。
「あ、いや……ははっ、プロだなんて。ちょっとデザインの勉強をしていただけでして」
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、鼻の下を全力で伸ばしながら、ヨレヨレの黒ジャケットの襟を正した。
『謙遜なさらないでください。作品の色彩や構図を、あんなに熱心に、しかも的確な視点でご覧になる方なんて滅多にいらっしゃいません。普段は、デザイン関係のお仕事をされているんですか?』
上目遣いで、尊敬の眼差しを向けてくる美人スタッフ。
俺の脳内で、昨日うめお先生に注入された【自己肯定感】のメーターが、限界を突破して警報を鳴らし始めた。
(……きた! これが社長のオーラってやつか! ボロアパートの四畳半で袋麺をすすっている俺でも、一流のクリエイターとしての覇気が滲み出ちまってるんだな!)
俺はコホンと一つ咳払いをし、あえて余裕たっぷりの、低くて渋い声を作った。
「ええ、まあ。しがない会社の代表取締役社長をやっていましてね。VTuber事務所の経営とか、クリエイターのマネジメントとか、色々手広くやってるんですよ」
聞かれてもいないのに、自分から「社長」という肩書きをフルスイングでアピールする。
すると、美人スタッフは「あっ」と小さく口元を押さえ、さらに目を輝かせた。
『やっぱり! 社長様でしたか! どうりで、他のお客様とは違う圧倒的なオーラがあると思いました!』
「いやいや、起業したばかりのベンチャーですから。今日は自社IPのグッズ展開やメディアミックスの参考……つまり、私自身の『審美眼』を磨くために、一流のアートを視察に来たんですよ」
天才から教わったばかりの横文字を、さも自分が考えたかのようにドヤ顔で並べ立てる四十歳。
そんな俺の言葉を聞きながら。
美人営業スタッフ——百戦錬磨の【エウリアン】は、心の中で冷たく、そして歓喜の舌舐めずりをしていた。
(……なるほど。ヨレヨレの古臭いジャケットに、色落ちした安物のデニム。靴は履き潰したスニーカー。普通に見れば、ただの金のない中年オタクね)
彼女の目は、獲物を査定する鷹のように鋭く、俺の全身を舐め回していた。
(だけど、この異常なまでの『見栄っ張り』。聞いてもいないのに社長だと名乗り、横文字を並べて自分を大きく見せようとする承認欲求の塊。……間違いないわ)
エウリアンたちは、決して最初から「本当の金持ち」をターゲットにするわけではない。
本当の金持ちは財布の紐が硬く、冷静な判断力を持っているからだ。
彼女たちが最も好む【最高のカモ】。
それは、自尊心が高く、美人に褒められることに免疫がなく、一度見栄を張ったら後には引けなくなるタイプの男である。
(この男、絶対にローンを通すまで帰さない。今日はボーナス日和ね)
そんな恐ろしい内心を微塵も表に出さず、彼女はパァッと花が咲くような営業スマイルを俺に向けた。
『メディアミックスの視察だなんて、本当に凄いです! お召し物も、あえて着飾らないノームコア・スタイルですよね! シリコンバレーのIT社長みたいで、すごく素敵です!』
「ふっ……。わかる人にはわかるんですね。スティーブ・ジョブズも毎日同じ服でしたから。上に立つ人間は、外見なんかで威張る必要はないんですよ」
俺の財布の中には、今、千八百円しか入っていない。
スティーブ・ジョブズも草葉の陰で泣き出すレベルの圧倒的貧困である。
だが、この閉鎖空間において、美人に全肯定された俺の脳内は、完全に快楽物質(ドーパミン)で満たされていた。
『社長様のオフィスには、やはりこういった美しい版画をたくさん飾っていらっしゃるんですか?』
「えっ? あ、いや……今は壁に雨漏りのシミ……じゃなくて、ミニマリストを極めているので、何も飾っていないんです。ただ、そろそろ会社に相応しい一流のアートを導入しようかと思いまして」
俺がそう見栄を張った瞬間。
エウリアンのお姉さんの目が、「カチャリ」とロックオンの音を立てた。
『素晴らしいお考えです! 社長室に美しい版画を一枚飾るだけで、来客された方の企業イメージは劇的に向上しますよ。それに、アートは会社の【経費】として計上できる場合もありますし!』
「け、経費で……!?」
『経費』。
それは、月給10万円で固定され、少しでも会社の利益を相殺したいと願う底辺社長(俺)にとって、世界で一番甘美な響きを持つ魔法の言葉だった。
『社長様のように、芸術の【本質】を理解されている方にこそ、是非見ていただきたい特別な作品があるんです』
お姉さんは、そっと俺の腕に触れるか触れないかの絶妙な距離感で、優しく囁いた。
『立ち話もなんですから、あちらのソファーに座って、ゆっくりとお話ししませんか? 冷たいお飲み物もご用意いたしますので』
彼女が指し示したのは、展示会場の奥。
黒いパーテーションで囲われ、外からは見えにくくなっている【商談ブース】だった。
「おっ、いいですね! ぜひ、芸術について語り合いましょう!」
俺は、一抹の疑いも抱くことなく。
むしろ「美人とソファーでティータイムだ!」と鼻の下を限界まで伸ばしながら、ホイホイと彼女の先導についていった。
タダより高いものはない。
この後、その『冷たい飲み物』一杯の代償として、俺が地獄のローン契約書にサインさせられることなど、有頂天の四十歳は知る由もなかったのである。
コメント
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**みぅ🤍🥀:** わ、まって…第186話、読んでてこっちがヒヤヒヤしちゃったよ🥀 社長の「俺、評価されてる!」っていう脳内ドーパミン全開な感じと、エウリアンの冷徹な舌舐めずり…その温度差がもう、芸術的だった。読者だけが知ってる真実の恐ろしさって感じだし、つい「やめとけ!」って叫びたくなった(笑) それにしても、たった千八百円で見栄はりまくる四十歳社長の哀愁と、経費って言葉に弱いところ、妙にリアルで笑えたよ…でもほんと、このあとローン契約書を前にした社長の顔、想像しただけで胸がいたい……次、めっちゃ気になる🌙
まう
104
81
魚卵
75
ゆうき あきや
4,132