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◆◆◆◆


「じゃあ市川、また飲もうぜ。」

いいと言っているのに駅まで送ってくれた佐藤は手を上げた。

「今度は二人でゆっくりな」

最後にも釘を刺すことを忘れない。ここまで徹底していると逆に応援したくなる。

輝馬は苦笑しながら、「ああ、じゃあな」

と改札に向けて歩き出した。


まあ副業について聞くことはできなかったが、華々しかった高校時点の黒点とも言うべき首藤灯莉のイメージが多少改善しただけでも、今夜はきた意味があったと思うべきだろう。

あとは佐藤が自分の二の前にならないことを心から祈ーー


「市川君」


輝馬は立ち止った。


改札の手前。

英会話教室の派手な広告が貼られた円柱の陰に、


数時間前に帰ったはずの首藤灯莉が立っていた。


「……あ」


(思い出した。……これだよ、これ……)


首藤灯莉が恐ろしかった理由。

神出鬼没にいつの間にか視界に入り込んで、自由な時間、全ての思考を根こそぎ奪っていく。

(この暴力的な存在感が、俺は……)

言葉を失い立ち尽くす輝馬に、首藤はゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。

「市川君」

ジリジリと後退りをする。

しかし彼女はそれよりも僅かに早いスピードで輝馬に近づくと、至近距離で見上げた。


「……やめ……首藤……!」

腰を抜かしそうになるすんでのところで、

「お願い!このこと、佐藤君には言わないで!」

首藤は目の前でパチンと両手を合わせた。

「…………は?」

予想外の展開に、輝馬は目を見開いた。

「だから、私と駅で会ったことを佐藤君に言わないでください。お願いします!」

目をぎゅっと瞑りながらそう言うと、首藤はぺこりと頭を下げた。


◆◆◆◆


(……俺は一体、何をしているんだろう)

7年前、自分が逃げて逃げて逃げ続けた女の手を引き、駅の中のファミリーレストランに連れ込んだ輝馬は、目の前でホットコーヒーをすする女を見つめた。

(でも、あのままあそこで話をするわけには……)

『私と駅で会ったこと、佐藤君に言わないでください。お願いします!』

彼女はそう言い、頭を下げるとすぐにその場で泣き出した。

両手で顔を覆いながらさめざめと泣きだす若い女と、それを呆然と見下ろす男。

『お願い……言わないで……?』

改札を行きかう雑踏が興味を持って足を止め、指をさして野次馬と化すには十分なシチュエーションだった。

いくら会社から遠い駅とは言え、その中にもしかしたらYMD の関係者がいるかもしれない。

顔だけは広い母親の知り合いや、璃空の高校の友達もいるかもしれない。

いてもたってもいられなくなった輝馬は、とりあえず目に入ったファミリーレストランに泣き続ける首藤を引っ張って来たのだった。


「ええと……」

輝馬は赤く腫れた目をした首藤をのぞき込んだ。

「少しは落ち着いた?」

そう言うと、彼女はテーブルに置いたカップを両手で包んだまま、力なく頷いた。

「あの……」

「……市川君」

口を開いたのは同時だった。

首藤に続きを促すため、自分も手付かずだったコーヒーカップに手を伸ばしたところで、

彼女は、カップに前髪が入りそうなほど頭を下げた。

「どうしたら、佐藤君に言わないでくれますか?」

(どうしたらって……)

輝馬は軽く首を振りながら苦笑いをした。

「いや、あのさ。別に俺、駅で首藤と会ったこと、言うつもりなんて初めからないよ」

そう言うと、彼女のマスカラが落ち切った黒い目が大きく上下に開かれた。

「えぇ……。そんなに驚くこと?ってか俺、別に佐藤と仲いいわけでもないし」

「……じゃあ、なんで?」

首藤は今度は大きく瞬きをしながら言った。

「ああ、いや。首藤がすごく綺麗になったから、一度会ってみるかって佐藤に言われて。その、興味本位っていうか」

輝馬は頭を掻いた。

「俺たちさ、仲間内でグループワイプスしててさ。毎週集まれるメンバーでカメラ繋いで飲んでるんだよね。その時に首藤の話題になったって、ただそれだけ」

仲間内でというところを強調しながら言った。

まさかクラスで自分だけ声をかけられないと知ったら、さすがに傷つくだろうから。

「そう、なんだ」

首藤の両肩がストンと下がる。

「そ。だから今後、佐藤と2人で飲んだり遊んだりすることもないだろうし、それに首藤がそこまで頼むなら絶対に言わないから安心してよ」

「なんだ。よかったぁ」

首藤は心底安心したというように大きくため息をついた。

(なんだ……)

輝馬は吐いた空気の分、縮んだように見える首藤に微笑んだ。

どこからどう見ても普通の女だ。

今の彼女にはまったく恐怖を感じない。

それどころか……。

この感じは何だろう。

「てか、そこまで言われると逆に気になるな。絶対に言わないから、今まで何してたか教えてよ」

そのいじらしさについ悪戯心が芽生える。

「………」

首藤の大きな瞳が再びこちらを見つめる。

「絶対?」

片方の頬がぷくっと膨らんでいる。

「言わないって」

輝馬はいよいよ吹き出しながら言った。

なんだろう。この感じ。

あの首藤とこんな風に話す日が来るなんて、あの頃の自分には想像できなかった。

「じゃあ、教えてあげる」

そういうと、首藤は口に手を添えた。

「?」

輝馬が耳を傾けて見せると、彼女は息を吹きかけるようにその言葉を口にした。


「―――え?」


眉を顰める輝馬に、少女のような可憐さで、けして少女が囁かない言葉を口にした彼女は、ふふっと笑った。


「……市川君、そういうの興味ある?」

首藤は頬杖を突きながらこちらを見つめた。

「ああ、無くはないけど」

輝馬は彼女の腕に光るCOUCHの腕時計を見ながら言った。

「あ、でも」

促されるように首藤も腕時計を見下ろす。

「ごめん、終電の時間だ!」

首藤は慌ててテーブルの上に置いてあったスマートフォンをハンドバッグに突っ込みながら立ち上がった。

「あのね、市川君。今度の水曜日にちょうど勉強会があるの」

「勉強会?何それ」

唖然と口を開ける輝馬に頷くと、首藤はバッグの中をガサゴソとバッグの中を漁りだした。

「っていうか、会合みたいな?フラワーアレンジメントもやるらしいから、楽しいと思うよ」

フラワーアレンジメント。

昨日聞いたばかりの単語に嫌な予感しかしない。

首藤はハンドバックの中から、まるでキャバ嬢が持っているようなクリスタルストーンの名刺入れを取り出した。

「もし興味あったら、場所と時間を教えるから、ここに連絡ちょうだい?」

その中から1枚出し、輝馬に押し付けるように渡すと、彼女はパタパタと小走りでレストランを出て行ってしまった。


「…………」


輝馬はあっという間に去って行ってしまった首藤が出ていったドアを、狐につままれたような心境で見つめた。


そして掌に残った、昨日受け取った城咲の名刺と名前以外ほぼ同じな紙を黙って見下ろした。



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