テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
日曜日。侑くんが合宿で不在という、千載一遇のチャンス。
私は緊張で震える手で、宮家のインターホンを鳴らした。
(……本当に、来ちゃった)
「……開いとるよ、朱里。入り」
扉の向こうから聞こえたのは、いつもより少しだけリラックスした、治くんの低い声。
おずおずと足を踏み入れた先、キッチンに立っていたのは――黒いエプロンを身に纏い、手際よく包丁を動かす治くんの姿だった。
「お、お邪魔します……。治くん、エプロン似合うね」
「……おん。ツムがおらんから、俺が飯担当や。……こっち来い、ちょうどええ味見がある」
彼は私を手招きすると、小皿に盛った「何か」を差し出してきた。
それは、黄金色に輝く、出来立ての出し巻き卵。
「……はい、あーん。……昨日のお返し、ここで完食してもらうで」
「……っ、治くん。自分で食べられるよ……」
「……やだ。……俺が作ったもんは、俺の手で食わせたいねん。……ほら、早くせんと冷める」
逃げ場のない、キッチンの隅。
私は恥ずかしさに耐えながら、彼の差し出した「一口」を口に含んだ。
ジュワッと広がる出汁の旨味。そして、昨日彼が言っていた「秘密の具材」の意味を理解して、私は目を見開いた。
「……これ、隠し味に……蜂蜜、入ってる?」
「……正解。……朱里が甘いもん好きやから、俺なりに調合してみた。……どうや? 俺にしか出されへん味、するやろ」
治くんは満足げに口角を上げると、空いた手で私の腰を引き寄せ、耳元で熱っぽく囁いた。
「……おにぎりだけやない。……今日一日かけて、朱里の胃袋も心も、全部俺色に染めてあげるから」
その時。
『あーーーっ!! 忘れた!! 治、自分だけ朱里ちゃんと不潔なことしとるんちゃうか!!』
リビングに置いてあった治くんのスマホから、侑くんのビデオ通話の叫び声が響き渡った。
「……っ、ツム。お前、合宿先から何しとんねん。……死ね、今すぐ電波障害で消えろ」
『誰が消えるか!! 朱里ちゃん! 治の飯には「独占欲」っていう劇物が大量に入っとるからな! 胃もたれするぞ!!』
「……胃もたれしてええねん。一生、俺の味しか受け付けん体にするんやから。……角名、ツムを枕で窒息させとけ」
治くんは無表情のまま通話を強制終了させると、再び私を逃がさないように抱き寄せた。
「……邪魔者は消した。……続き、しよか。……デザートは、まだ山ほどあるで」
エプロン姿の彼が見せる、計算し尽くされた「甘い罠」。
お米の匂いよりもずっと濃い、彼なりの禁断のスパイスが、私の理性をゆっくりと溶かしていった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!