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◻︎小説のネタ
「…てな感じで、家に帰ったわけよ」
秘密基地で、雪平さんとのことを礼子に報告した。
「わぉ!」
「なに、それ」
「いや、なんていうか、大人になるとそんな感じなんだなと思って。私にはそんな経験ないからさ」
「そんな感じ?」
「若い頃だったら、もっとこう燃え上がったりドロドロしたりしそうなんだけど。そんなことなかったでしょ?」
「うん、ない」
「しちゃったらもう相手のことしか考えられなくて、何も手につかないとか離婚して一緒になりたいとか…まったくそんな感じは受けないんだけど」
「そうだね、そんな感じはまったくない。ただ満たされたなぁって感想だけ」
「なんか不思議だね。やってることは若くてもこの歳でも変わらないのに、感じ方はまったく変わってしまうんだね」
「そうだね、そもそも、“好きだ”とか“愛してる”とかのやり取りもないし。最中もそんなこと言わないし」
「なのに満たされたんでしょ?」
「うん、女として見てもらえたからかな?」
「女として、ねぇ…。実際、いくつまでできるものなんだろうね」
「さぁ。50代夫婦の7割くらいがレスらしいけど、それは夫婦だからかもしれないし。でも、70過ぎても2割はしてるってアンケートもあるし…」
礼子が、テーブルにあった雑誌を投げてよこした。
「えーっ!そんなことまで書いてあるの?」
「もう、赤裸々だよ。こんな雑誌、家では読めない、だから持ってきた」
「まぁ、こんな見出しがあるとおちおち家では読めないね。それにしてもさぁ、昔の婦人向け雑誌ってこんなこと書いてなかったよね?」
「そうだね、料理か節約か、姑問題の相談か。まさかこの歳になってセックスの話をするとは、自分でも思ってなかったし」
ペラペラとめくる。
「てかさ、いつまでこんな話をするんだろ?こんな話をしてる間は、女かな?」
「うーん、生物学的には死ぬまで女だと思うけど?あ、こんなことを小説にしてみたら?実際に雪平さんともしちゃったわけだし。濡れ場も書けるでしょ?」
「どうなんだろ?読んでて面白いかなぁ?濡れ場ってほどの状況でもなかったし」
「でもほら、若い時とは違うって実感だけはハッキリしたわけだし。そこを掘り下げて書いてみたら?」
「そうだね、よし、書き始めてみるよ」
私はスマホを開くと、小説を書き始めた。
_____タイトルは…
「あれ?タイトルが浮かばない!」
「じゃあ、“オバサンの恋話”とか?」
「え、もうちょっとマシなヤツにする」
「マシなヤツが浮かぶまで、それにしとき」
「マジか…」
「ついでに、隣の夫婦の話も書いて。いろんなパターンがあるってことで」
「それはいい!」
うっかりすると、安い週刊誌の記事みたいになりそうな予感がした。
「それにしても、年をとったなぁと思ったよ。夜更かしした次の日は、めちゃくちゃキツいんだもん」
雪平さんと闇鍋(?)の次の日は、朝起きるのがつらかった。
「わかる、それ!子育てしてる時はそこまで感じなかったよね?」
「若いっていいね、ほんとにそう思う」
「でもさ、今だと多少寝坊しても誰も困らないんじゃない?子どももほとんど手が離れてるし」
「それはそうだね。夜出かけるのも平気だし」
「そういうとこは、年をとってからのいいことかもね。けれど、ここで親の介護が出てくるとね…」
ため息混じりに礼子が言う。
お姑さんの介護を経験したから始めた仕事で、自分と同じような境遇の人をよく見かけるらしい。
「子育ても終わって、夫婦間ものんびりになって、これから自分の人生!って時なのに、その時間が持てない人って多いんだよね。ね、知ってる?孫ウツって」
「ん?介護じゃなくて?孫?」
「そ、可愛いはずの孫もね、度を越すとストレスになるみたいよ。私たちももう少ししたら孫の話も出てくるでしょ?」
孫なんて考えたこともなかったけど、時間が過ぎればそういうこともあるのか。
「ということは、礼子も私も自分の人生を謳歌できる時って、そんなにないの?」
「どうだろ?介護のことも孫のこともある程度は他人様の力を借りれば、それなりには過ごせるんじゃないかな?」
「他人様か…そのためにはお金もいるねー」
「そだねー」
失うもの…金、筋肉、髪
増えるもの…シミ、シワ、脂肪
「ね、なくなってくものって3Kで、増えるのって3Sだ」
「なんのこと?」
小説のネタを書くノートに書いていたメモを、礼子に見せた。
「うまいこと言うね、美和子は」
「よし、これもネタにしよう」
「ネタと言えば、お隣さんはどうなったの?」
ゴミ屋敷になりそうなくらいに散らかってしまった家の中で倒れていたご主人は、10日ほどで退院したらしいと聞いたけど。
「まだ離婚は成立してないと思うんだよね、どうするんだろ?」
「美和子も、雪平さんとのこと、気をつけないと離婚になりかねないからね」
「うん、気をつける、でもそんなことにはならない気がする。私の気持ちが弥生さんみたいには盛り上がってないから」
「そっか、ならいいけど」
雪平さんとそうなったけど、身を焦がしてしまうほどの思いでもない。
理性的なままで、雪平さんとのことを楽しんでいる自分がいる。
雪平さんとのことは、私の一部でしかない。
秘密の楽しみでしかない。