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◻︎出戻りさん?
日曜日。
夫は、朝早くから最近始めた海釣りに出かけて行った。
仕事じゃないから寝てていいよと言ってくれた。
自分で起きてコーヒーだけ飲んで、途中のコンビニでおにぎりを買って行くらしい。
聖はデートだとか言って、おしゃれをして出掛けて行った。
_____こんな天気のいい日に1人かぁ…
子どもが小さい頃なら、お弁当でも買って(作るのは面倒!)公園に行ったり、ピクニックしたりするんだろうけど。
1人の今日は、いらないモノをまとめて捨てることにした。
あの日見たお隣さんの状況を思い出したら、できるだけ不要なものは処分しておく方がいいと思ったから。
古くなった毛布やシーツはこの際まとめて捨てる。
客用なんて今時使わないからそれを普段使いにする。
そうやってしまってあった食器も出して、古くて使いにくいものは処分!
この洋服も、去年着なかったから今年も着ないから処分!
あとは…と。
庭に不用品を出していたら、キキっと車が停まった音がした。
_____ん?お客さん?
門から出たら、お隣さんの前にタクシーが停まって、弥生が降りてきたところだった。
「おはようございます」
「あ、おはようございます、美和子さん、その節はお世話になりまして、なんのお礼もしなくてごめんなさいね」
「いえいえ、そんなことはいいんですけど…あれ?」
弥生の両手には、あの日持って出た大きなスーツケースとバッグがあった。
「あ、これ?」
「うん、どうしたの?」
「実はね、出戻りなの」
「えっ!じゃあ…」
「うん、またお隣さんでよろしくね」
「そうなの?なんかビックリなんだけど」
「でしょ?あ、荷物を置いたらちょっといい?」
「うん、私も今、片付けしてるし、家族は誰もいないから、うちに来て」
_____出戻り?どういうことなんだろ?
よくわからなかったけど。
そのまま片付けを進めてビニール袋に6袋、段ボールに二つ、不用品をまとめた。
これくらいでは家の中は、見た目何も変わらないけど、見えない押し入れや食器棚に隙間ができたことで、気持ちにも余裕が生まれた感じがするから不思議。
_____よし!今日はここまでだ。また機会があったら、やろう!
やれやれと思った頃、弥生がやってきた。
「こんにちは、お邪魔しまーす」
「どうぞ、上がって!スリッパはテキトーにどうぞ」
私は、お気に入りのコーヒーを用意した。
なんとなく、弥生の話をゆっくり聞きたくなったからだ。
「ふーん、こんな感じだったんだ…」
「え?なに?」
「お隣なのに、いつも玄関先だけで奥にお邪魔したことなかったから」
「そういえばそうだね」
近くて遠い、お隣さんだと今頃思った。
「テキトーに座ってて。コーヒー淹れたから」
「ありがとう、うーん、美味しそうな匂い」
「一緒に出すのが、かりんとうしかないのが、ショボいけど」
買っておいた、ごぼうのかりんとうを出した。
「これ、美味しいやつだ、ありがと」
「ね、それより、出戻りってどういうこと?離婚は取りやめってことだよね?」
「うーん、どう説明したらいいんだろ?離婚はできればしたい、けど家を出て行くのを取りやめたってとこかな?」
「なんだかややこしいこと言うのね」
コーヒーカップを両手で持って、そっと口へ運ぶ弥生の仕草が、とても色っぽく見えた。
「戻ってきた理由の一つは、夫のあんな姿を見てしまったから。もう一つは…渡辺さんが次の人を見つけたから」
「えっと、渡辺って、駆け落ちした人?」
「そうよ」
「次の人って、また駆け落ち相手を見つけたの?」
「あはは、違う違う。渡辺さんはね、私みたいな病んでる女を見つけると、ほっておけない人なのよ。助け出して幸せにしてあげたいって思うみたい。で、救い出したらあとは自立してねって感じ」
「はぁ?そんなことを繰り返してる人なの?」
「そうみたい。新手の宗教みたいでしょ?でも確かに私は救われたのよね。なんだか自分というものに自信がついたし。今の私なら、夫との生活もやっていける気がしてね。あ、でも、離婚はしたいと今でも思ってる。妻としての責任というやつは、できれば勘弁して欲しいんだけど…」
「で、戻ってくることをご主人はなんて?」
「入院してる時に、新しい電話番号を教えたのよ、また何かあって美和子さんたちに迷惑かけたらいけないと思って。そしたらね、何回も電話があったんだ、戻ってきて欲しいって」
「ふーん、それがなかったら?」
「離婚届が出ていたら、私は私でなんとか生きていくつもりだったんだけど。まだ夫婦だしね」
かりぽりとかりんとうの音。
「娘さんたちは?」
「あの子たちは“お母さんがそれでいいならいいよ”って。もしもあのままずっと家にいて私が歳を取って死んでしまった時に、自分たちが後悔するって思ったらしいわ」
「どうして?」
「お母さんは私たちのために無理して家にいたんじゃないかって。でも、駆け落ちしてみて気が済んで帰ってくるのなら、“お母さんも結構好き勝手してたしね”って思えるから気が楽だって」
「そうか…いい母親でい続けるのは理想だけど、無理してそうしてたと思うと、遺された人たちが後悔してしまうってことか」
「もっと親孝行しとけばよかったとか、もっと優しくしとけばよかったとか、死んでから後悔されてもねぇ。私は今好き勝手したしこれからもすると決めたから、娘たちは後悔しないと思うわ。決していい母親だったとは言われないけど、それは構わないしね」
「なんだか、深い話ね」
「まぁ、そういうわけでまたよろしくね」
「噂、出るよ、また」
「言いたい人には言わせておくわ」
「それがいいね、気にしても仕方ないし」
「私も家を片付けないと!じゃ、帰るわね、お邪魔しました」
弥生は、パタパタと帰って行った。
お隣さんはこれからどんな形の夫婦になるんだろうなと思った。