サラリーマン
深夜のオフィス。
もはや、とっくの昔に定時は過ぎていて、今残っているのはふたりだけ。
節電のために灯りも最小限にされたフロア内に、無機質なかちゃかちゃというタイプ音が寂しく響く。
残業をしていた、ふたりのうちのひとりである佐野は、パソコンのキーボードを叩くのを止め、同じく隣のデスクで業務を続ける吉田に呼びかける。
「……………なぁ」
「あ?」
「なんかさぁ、」
「うん」
「なんか俺、疲れたわ」
「…そんなん、俺だって疲れてますけど。」
その言葉に返しながら、吉田は呆れたように手を止め、隣の佐野を見た。
「いやいや、そうじゃなくてさぁ」
佐野は苦笑すると、椅子ごと吉田へと向き直る。
「俺さぁ、好きなんだよなぁ」
「は?なにが」
「え、お前が」
「……………はぁっ!?」
サラリと告げられた佐野の言葉に一瞬沈黙した後、吉田は薄暗い室内に響き渡るくらいの大声を上げた。
「そりゃやっぱ驚くわなぁ」
「やっぱ驚くわなぁ。じゃ、ねぇわ!仕事しすぎでアタマおかしくなったかお前?!」
「それもあっかもなぁ~」
「なんッなんそれ!」
「とにかくさぁ、もう疲れたんだって。この気持ち、お前に黙ったまんまなん」
佐野にそう告げられ、言葉を失い呆然とその顔を見つめていた吉田だったが、心底気まずそうに、当たり前のことを発言をする。
「お…、俺 男なんですけれど、も?」
「知ってるわ。俺だって男だし」
「だったらなんで、」
「男だろうと何だろうと、好きになったもんはなったんだからしょうがないやん」
動揺する吉田をどこか楽しそうに眺めていた佐野は、にこりと吉田に笑いかけた。
まるで開き直ったかのようなその態度に、吉田の口がぽかんと開く。
「………………ばか、なんじゃん、勇斗」
「馬鹿で悪ぅございました〜」
馬鹿と言われ、佐野はすねたように、回る椅子で勢いをつけくるくると回る。
そんな佐野から目を逸らし、吉田はぶつぶつとちいさな声で呟く。
「そう…言うんはもっと、こう…ムードあるトコとかで言うもんじゃないの」
「…………………へ?」
吉田の口から意外な言葉が飛び出して、佐野はぴたりと椅子で回るのを止める。
「なんで…こんな、残業中に言うかなぁ」
「え…えっえっえっ?何それ何それ!それって、別に嫌じゃねぇってこと?!」
「い、嫌じゃない…こともない、けど」
「どっちやねんソレ!」
「と…とにかくっ!とりあえず、バカなこといってないで仕事終わらせんぞ!」
吉田はしどろもどろになりながら無理やり話を打ち切り、慌ててパソコンに向き直る。
「えぇー…あっ、なぁなぁじんと~?」
真っ赤になった吉田の顔を嬉しそうに見ていた佐野は、ふとなにかを思い付いたように、もう一度吉田に呼び掛けた。
「今度はなん……っ?!」
うんざりした表情でもう一度横を向いた吉田のネクタイを引き寄せ、佐野は素早く口付ける。
ちゅっという、リップ音までつけて。
「ごーめんごめん、事故よ、事故事故!」
ぱっとネクタイを手離し、佐野は調子よく言うと、またその恐ろしく整った顔で、にこりと吉田に笑いかける。
そんな佐野を見返し、唇に両手を当ててますます頬を赤くした吉田は、苦し紛れに悪態をつく。
「…なにが事故だよ、このバカ…!」
終わらぬ残業 止まったパソコン。
深夜のオフィスで、事故発生。
end.
コメント
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仁人さんがあの青髪メガネ1本結びヘアで作業してる想像ついた