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リンド村。 それはかつて、何もなかった田舎の村。
だが今や、“美肌温泉の聖地”として、
商人、旅人、冒険者が詰めかける謎ブームの真っ只中である。
観光客の中には私たちの姿に驚く者もいたが、
村人たちのフォローもあり、大きな騒ぎにはならなかった。
*
現・魔王軍作戦会議室にて。
つまり宿屋の部屋。
「村の状況はだいたい掴んだ」
私は真面目な顔で言う。
「そこで提案があるんだけど……聞きたい?
“はい”が聞こえないなぁ?」
私は耳に手を当てた。
「……“はい”と言わないとめんどくさいやつ」
エスト様がため息をつく。
「そこまで言うなら仕方ないな?」
私は満足そうに頷いた。
「特別だからな? 感謝しろよ? な?」
「“はい”と言ってもめんどくさかった」
エスト様が遠い目をした。
私はメガネをクイッとして咳払いをする。
「オホン。まずね。村人の識字率を上げる」
「……識字率?」
辰美が困惑した声を出す。
「読める書けるってだけで、世界は変わる。
コミュニケーションの幅が広がる。
具体的には、戦争になった時にね?」
「「……戦争?」」
辰夫と辰美の眉間にシワ。
「紙で作戦を伝えられる。
口で言うより誤解が減る。
つまり勝てる」
私はメガネをクイッ。
「戦そ……ほ、本も読めるよね!」
エスト様が前向きに捉えようとした。
「そっしってっ!
計算も出来るようにしよう!
具体的には戦争になった時に正確な兵数を把握し、
兵站の維持など、作戦の成功率が上がるのよ」
メガネクイッ。
「やっぱり、戦争前提だった……」
エスト様が震える。
「……」
辰夫と辰美は聞こえないフリをしてる。
私はメガネをクイイイッ。
「そして教育の過程で、才能のある子を見つけて育てる。
将来は役職を与える。
村の運営係、温泉の管理係、外交係、あと参謀枠」
メガネクイが加速する。
ゴリィィン!
メガネが壊れた。
壊れたメガネを辰夫に投げつける。
「痛ッ!なんで!?」
辰夫が顔を押さえた。
「……平和の顔した支配だね」
エスト様がポツリと刺す。
「正解」
私は壊れたメガネのフレームを指でくるくる回した。
「私の世界征服は、“嫌われるやり方”を採用しない。
怖がらせて従わせると、裏切られる。
助けて従わせると、感謝で縛れる」
「怖いこと言ってるのに、
笑顔なのが一番怖いよお姉ちゃん……」
エスト様が引いてた。
*
──翌日。
「うんうん。良い感じね」
この日も私は、村の広場でハカセに勉強を教えていた。
「こんなの朝飯前です」
ハカセはドヤ顔。はは。かわいいかよ。
……ちょっとムカつくけど。
(ふーん。頭の回転が早い子ね。拾い物かもしれないわ)
飲み込みが早い。説明がいらない。
教える側としては、めちゃくちゃ気持ちがいい。
(この調子で仕上げれば、将来の参謀枠は確保。
世界征服の土台って、やっぱ教育からよね)
道ゆく村人が、通りすがりにこちらを覗き込む。
中には立ち止まって見学する者もいる。
狙い通りだ。
人は、頭ごなしに「勉強しろ!」と言っても、
絶対にしない。命令では動かない。
でも、見せびらかすと、勝手に寄ってくる。
だから私はあえて、広場で教えている。
学校みたいなものを作る前に、
まずは“見せ物”にして、村の空気を変える。
興味さえ持てば、勝手に人は集まる。
温泉で村を温め、人の警戒心をふやけさせた。
次は教育が頭をふやかす。次は娯楽かな?
まぁ、こうやってさ?
ふやけきったところに、居場所を作ってやる。
*
その日の勉強がひと段落ついた頃だった。
ハカセがノートを閉じた、その時──
「おい!まだ勉強ごっこやってんのかよ。本の虫」
広場の端から、声が飛んできた。
(へぇ?)
どうやらこいつらが、いじめっ子だ。
取り巻きと一緒に、こちらを睨んでいる。
そして、いじめっ子がハカセから本を取り上げた。
ハカセの肩が、ほんの少しだけ揺れた。
私は何も言わない。言う必要がない。
ハカセは、静かに立ち上がった。
「……僕の大事な本、返してよ!」
いじめっ子が、鼻で笑う。
「また泣くのか? ほらよ」
そう言って、本をひょいとハカセに放る。
──ハカセは本を受けとり、叫んだ。
「僕の大事な本に何をするんだ!」
そして、すぐに“大事な本”を投げ返した。
武器として大事。
縦回転。カドが前。
ビュンッ、と乾いた音。
ガンッ!!
「ぐぁッ!?いッッッてぇぇぇぇ!!?」
本の角が、いじめっ子の額を正確に捉えた。
「……本は大事なんだぞッ!」
ハカセが怒鳴った。
そしてそのまま足元を見ると、靴を脱ぎ、
片方の靴を手に取り──
ぶんっ!!
投げた。
今度はつま先が前で飛んでいく。
ゴスッ。
「ぐはッ!?」
「二回攻撃だよ!」
そう言うと、もう片方の靴も投げつけた。
ゴスッ!!
「いてぇッ!?」
ハカセは、くるっと踵を返し、全力で私の後ろへ。
ぴたり、と私の背中に隠れる。
「……」
私は、ゆっくり振り返った。
紅い目で、いじめっ子を見る。
「……何か?」
「う……」
誰も、何も言えなかった。
広場は“しん”とした。
そして、ハカセが小さく息を吐く。
「……サクラさん、止まりました」
「何が?」
「……涙です」
「ははは!合格」
私は、思わず笑った。
ハカセは、少しだけ誇らしそうに笑った。
広場の空気が、変わる。
それは“怖さ”じゃない。
“やり返していいんだ”という、許可の匂いだった。
「……お、おい……ヴィヴィのやつ……
鬼のお姉さんと仲良いのかよ!」
「う、うちのパパは社長なんだぞ!」
そして、広場に、大柄な女性が入ってきた。
いじめっ子の母親らしい。
「ターケジー! また人様の物を取ったって聞いたよ!」
「お、俺は母ちゃんの奴隷じゃないっつーの!」
「何言ってんだい! さっさと帰って店番しな!」
母親がいじめっ子の耳を引っ張る。
「いってぇ! 配達ならやったろ!」
「嘘おっしゃい! お隣の奥さんが怒ってたよ!」
引きずられていくいじめっ子。
(……ジャイアンかよ)
私は思わず心の中でツッコんだ。
*
いじめっ子の退場シーンを見ていると、声をかけられた。
「すみません、あの……」
「ん?」
声の方を見ると、少し疲れた顔をした女性と、
その隣に高校生くらいの女性が立っていた。
「あ! お母さん、お姉ちゃん!」
ハカセが二人に手を振る。
「……さっきからずっと見てたんですけど、
その、ヴィヴィが本当に楽しそうで……
ありがとうございます」
……ヴィヴィ。そう、元の名前はそれだったわね。
今はハカセだけど。
「こんなふうに楽しそうに勉強して、
大事な本を縦回転で反撃してるの、
初めて見ました」
(私も本の縦回転は初めて見たよ)
この人たちの名前も「ヴ」から始まりそう。
そんな嫌な予感がする。
「いやー、うちの優秀な軍師候補ですよ?
仕上がったら使わせてもらいますんで。よろしく」
冗談めかして言うと、二人は顔を見合わせた。
「軍師……候補……」
母が呟いて、姉と顔を見合わせた。
「……よくわからないけど」
姉が笑う。
「でも、あの子が誰かに必要とされてるって
……それだけで……」
母の目が潤む。
「「……はい、よろしくお願いします」」
二人は深く頭を下げた。
その背中が、少しだけ震えていた。
(……なんか、やる気出てきたわね)
私は思わず鼻を鳴らした。
その後ろでは、
村人たちが教育の成果を噂し合っている声が聞こえてきた。
「おい、最近うちの子……
“敬意を持って殴れ”とか言い出してるんだが……」
「なんだそれ?」
「わからん。でも妙に礼儀正しく殴ってくる」
「うちの子は文字を覚えたいって言い出して、
温泉施設の案内看板を作ってくれたんだよ」
「なんかすげえな。勉強ってやつは」
(ふふふ。計画通り。教育の力って偉大ね)
私は小さく微笑んだ。
そして、村長が慌てて走っていく姿が見えた。
「あ? 村長さーん? どうかしましたかー?」
「おお! サクラさん!
実は突然、領主様が温泉の視察に来られまして、
色々準備をしなければならないところなのです
……って、よりによって、あの領主様が……!」
「あの?」
「ご存じありませんか……”増税マン”こと、
ガルド=デ=ブラーク領主です」
「名前だけで絶対悪いやつじゃん!!」
「その通りです……隣村は昨年、
徴税で家族がバラバラになりました。
うちの村も……」
村長の顔が歪む。
「でも──だからこそ、ご注意を。
サクラさんも、くれぐれも無礼のないよう……!」
村長は極太のフラグを立てて、
慌ただしく走り去っていった。
「あ、はい」
「ふーん。領主…ねぇ………?」
──権力者をふやかすチャンス!!
「………あ! ハカセ! ごめん!
急用を思い出したから今日はここまでね!」
「はい!今日もありがとうございました!
あと昨日の分も! あと明日の分も先に言っときます!」
(ふふ。未来の提出も先払い。えらい)
*
私は急いでエスト様の元に戻った。
「エスト様! エスト様! なんと!
この村に領主が来ているみたい!」
「ん……え……?」
エスト様はキョトンとしている。
「これはチャンスだよ!」
私はエスト様の両肩に手を置いた。
「え? なんで?」
「いやいやいやーッ!
目的を忘れたの?……世界征服でしょ?」
エスト様が瞬きを二回した。
「しっかりしろよ! 眠たいんか?
やる気あるんか?……お?……小娘がッ!!」
両肩に置いた右手をエスト様の顎にスライドさせ、
アゴを持ち上げた。
「たまにひどい毒を吐く」
「たまに……ですか?」
辰夫が確認した。
私は両腰に手を当て、部屋中をスキップしながら言う。
「なのでーッ↑ 領主にはーッ↑
行方不明にーッ↑ なってもらいーッ↑
私たちでーッ↑ その領土をーッ↑
奪い取るのでーすッ!
ピース! ピース! ブヒーブヒーブヒー!」
「……それは笑い声なの!?
お、お姉ちゃんに豚の悪魔が…?」
エスト様が引いている。
「サクラ殿……」
辰夫も引いている。
「あれ……どちらが魔王様でしたっけ?」
辰美は混乱している。
「ま、まぁ行方不明にはしないけどさ!
挨拶はしといた方が良いよね!
いつか侵略するんだし」
気を取り直したエスト様が言った。
「ですよね! ですよね! 隙あらば埋めましょう?」
私は両手を合わせてピョンピョンしながら喜びつつ──
内心、ムダ様の言葉を反芻していた。
『殺意を持って近寄るとバレる。
敬意を持って近寄ればバレない。
そこからは腕力の勝負だ』
「ふふ……じゃあ“礼儀正しく”ご挨拶しに行こうか?」
(まず笑って、次に刺す。それが世界征服の礼儀作法)
「お姉ちゃん! ちゃんと礼儀正しくしてよぉー?」
沈黙──外から村の子供たちの楽しそうな声が聞こえる。
「……はぁい♪」
「少し間があった気がする」
「……ないない♪」
「「……」」
私たちがキャピキャピしている様子を、辰夫と辰美はヤメトケという視線で見ていた。
「そうと決まればー! レッツゴー☆」
「はいな!…………ん?
ほら、辰夫と辰美も行くんだよ!
さぁ! ホラ! 早く早く!」
「「……」」
「行きたくない……」
「え……埋める?
こないだ温泉掘ったばかりなのに、また穴掘するの?」
辰夫と辰美は、
絶対トラブルになるから心の底から行きたくないと思った。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『殺意を持って近寄るとバレる。
敬意を持って近寄ればバレない。
そこからは腕力の勝負だ。』
解説:
礼儀とは“殴る理由”を用意する儀式である。
頭を下げた瞬間、相手の顎が上がる。
上がった顎は、入りやすい。