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第133話:アリス騎士団(グローバル支部)の誕生〜海を越えた姫の恩人と、スパチャの代理戦争〜
「アイ・アム・ボトム……。俺はネコ……。いや、違う。俺はただの社会の底辺なんだ……」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺は三万円のゲーミングチェアの上で膝を抱え、うわ言のようにブツブツと呟いていた。
PCモニターの端に表示されたX(旧Twitter)のトレンド欄には、いまだに『#SuperBottomLucifer』という地獄のようなハッシュタグが鎮座している。
痛恨の翻訳ミスから生まれた「俺は支配されるのが好きだ」という特大の誤解は、海外のネットミームとして完全に定着してしまった。
だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
「……おい、結愛(ゆあ)。なんか今日、俺のYouTubeの個人配信枠、いつも以上に人が多くないか?」
俺がディスコード越しに尋ねると、我が株式会社インフィニティ・ワンの冷徹な経理担当、ウェブカメラ越しの結愛が、感情の読めない声で答えた。
『はい、ルシフェル様。現在、同接数は五万人を突破しております。特筆すべきは、そのトラフィックの流入元です。どうやら、海外の巨大なファンダムが当チャンネルを一斉に捕捉したようです』
「きょ、巨大なファンダム? なんだそれ。俺、海外の有名人に目をつけられるようなこと、何かしたか?」
『ルシフェル様はご自身の過去の偉業を過小評価されすぎです。思い出してください。貴方が以前、港区のスタジオで全身タイツを着て命懸けで守り抜いた、あのトップVTuberのことを』
「トップVTuber……星乃宮アリスちゃんか!?」
俺がすっとんきょうな声を上げた瞬間。
YouTubeのチャット欄が、特定の推しマーク(星と王冠の絵文字)をつけた英語のアカウントたちによって、凄まじい勢いで埋め尽くされ始めた。
『ALICE’S SAVIOR IS HERE!(アリスの救世主がここにいるぞ!)』
『ALL HAIL THE BOTTOM DEMON LORD!(ボトム魔王万歳!)』
『We owe you our lives for protecting our Princess!(我らが姫を守ってくれた恩義、一生忘れない!)』
『Protect this sweaty bald man!(この汗っかきのハゲおじさんを守れ!)』
「だーかーら! 俺はハゲてねえっつってんだろ!!」
俺の悲痛なツッコミは、滝のように流れる英語のコメント群に一瞬で飲み込まれた。
星乃宮アリス。
言わずと知れた、業界トップクラスのアイドルVTuber。
彼女のファンである『アリス騎士団』は日本国内だけでも凄まじい規模だが、彼女の愛らしさは海を越え、海外にも熱狂的な『グローバル支部』が存在していたのだ。
どうやら、俺の「This is a Tax」ミームが海外で大バズりした結果。
その面白おじさんが、実は「過去の3Dコラボ配信で、自分たちの姫(アリス)を過酷なダンスと無茶振りから身を呈して庇ってくれた、あの伝説の男」と同一人物であることに、彼らが気づいてしまったらしい。
『SuperChat: $100.00 (For our Princess’s hero! Take this!)(スパチャ100ドル:我らが姫の英雄へ! これを受け取れ!)』
『SuperChat: $50.00 (You are not just a bottom, you are a KNIGHT!)(スパチャ50ドル:お前はただのボトムじゃない、騎士だ!)』
「う、うおおおっ!? ま、待て、待ってくれお前ら! ありがたいけど、急にドルを投げるな!! 俺は英雄なんかじゃない! ただ腰を痛めただけの哀れなおっさんだ!!」
俺が必死に両手を振って(アバター越しに)辞退しようとすると、事態はさらに予想外の方向へ転がり始めた。
『――おい! 海外勢にルシフェル殿の枠が占拠されてるぞ!』
『アリス姫の恩人に報いるのは、我ら日本支部の役目だ!』
『グローバル支部に負けるな! 日本の武士道(財力)を見せてやれ!』
突如として、チャット欄に日本語の猛者たちが雪崩れ込んできたのだ。
本家本元、日本のアリス騎士団たちである。
『スパチャ: 10,000円 (ルシフェル殿! あの節は姫をお守りいただき感謝いたします! 日本支部より!)』
『スパチャ: 30,000円 (海外勢には負けられん! 受け取ってくだされ魔王殿!)』
「なっ……!? お前らまで何やってんだ!!」
俺の絶叫をよそに、俺のYouTubeチャンネルを舞台にした、言語の壁を越えた【仁義なきスパチャ代理戦争】が勃発した。
『SuperChat: $200.00 (Global Knights love Alice more! Take my dollars!)(スパチャ200ドル:グローバル騎士団の方がアリスを愛してるぜ! 俺のドルを受け取れ!)』
『スパチャ: 50,000円 (ふざけるな! 姫への忠誠心は我ら日本男児が世界一ィィ!)』
『SuperChat: $500.00 (USA! USA! USA!)(スパチャ500ドル:USA! USA!)』
『スパチャ: 50,000円 (大和魂を見よォォォ!!)』
「やめろォォォォォッ!! 人の枠で札束の殴り合いをするなァァ!!」
俺は三万円のゲーミングチェアの上で頭を抱え、半泣きで絶叫した。
「ノー! ノー・スパチャ!! プリーズ・ストップ!! アイ・アム・ノー・ヒーロー!!」
俺が必死のカタカナ英語で制止を試みると、海外の騎士団たちはそれを「謙遜」と受け取ったらしく、さらにスパチャの勢いが加速した。
『He is so humble… True hero!(なんて謙虚なんだ……真の英雄だ!)』
『SuperChat: $100.00 (Take it! You deserve it!)(スパチャ100ドル:受け取れ! お前にはその資格がある!)』
「だからぁ!! 俺が欲しいのは名誉でも称賛でもない! 来年の税金を減らすための平穏なんだよォォ!!」
画面の右端は、もはや円とドルが入り乱れる極彩色のモザイクアートと化していた。
その絶望的な光景を前に、結愛がいつものように、温度を一切感じさせない声で宣告を下す。
『ルシフェル様。大変喜ばしい(経理的には地獄の)ご報告です。現在、日米両国の騎士団による激烈な課金合戦により、当月のスーパーチャット収益が、過去最高のペースで急騰しております』
「……あばばばばっ」
『特に問題なのは、ドル建ての収益です。現在、急激な円安トレンドが継続しているため、決済時の為替レート換算により、日本円での売上高は額面以上に膨れ上がります。さらに……』
結愛の言葉が、トドメの刃となって俺の心臓を貫いた。
『このペースで売上が計上された場合、ルシフェル様の来年の所得は確実に【最高税率の45%】のブラケット(階層)に突入します。加えて、消費税、住民税、個人事業税、および健康保険料のMAX張り付きを考慮いたしますと……』
「こ、考慮すると……?」
『稼いだ金額の、およそ【55%から60%】が、来年、確実に国と自治体に没収される計算となります。もはや半分以上が税金です。息をするだけでお金が消えていく次元に到達いたしました』
「…………ッ!!」
俺の視界が、ぐにゃりと歪んだ。
世界中のファンから愛され、英雄と称えられ、数百万、数千万という大金が空から降ってくる。
傍から見れば、それは完全なる「成功者」の姿だろう。
だが、俺の現実は違う。
稼げば稼ぐほど。
ドルが円に換算されるほど。
俺の背中に乗しかかる『来年払うべき税金』という十字架は、俺の四十歳の腰をへし折るほどの重量へと膨れ上がっていくのだ。
「鈴木さァァァァん!! もう嫌だァァァ!! 助けてくれぇぇぇ!!」
俺は、帯広市役所のケースワーカーの名前を泣き叫びながら、机に突っ伏した。
「俺はただ、四畳半で玄米食って、ひっそり生きていたかっただけなのに!! なんで俺の枠で、日米の軍事衝突(スパチャ合戦)が起きてんだよォォ!!」
『SuperChat: $100.00 (Why is the hero crying again?)(スパチャ100ドル:なんで英雄また泣いてるの?)』
『スパチャ: 10,000円 (その涙、我ら日本支部が拭ってみせよう!)』
「拭うな!! 税金を!! 税金を肩代わりしてくれぇぇぇ!!」
俺の断末魔は、日米アリス騎士団の熱狂的な歓声と、飛び交う高額スパチャの雨にかき消されていった。
世界に進出した底辺VTuberを待っていたのは、栄光でも名誉でもなく。
言語の壁をも容易く越えてくる、【資本主義とインボイスの絶対的な暴力】だったのである。
コメント
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うわあああ〜っ第133話もエグい面白さだった!!😭💕「This is a Tax」ミームが海外にまで浸透して英雄扱いされてるのに、ルシフェルさん本人は税金の十字架に押し潰されそうになってて、そのギャップが切なすぎて笑うわ…😂✨ 結愛さんの「経理的には地獄」って分析がリアルで震えた。円安と最高税率45%のWパンチ、まさに資本主義の暴力!!笑 日米アリス騎士団のスパチャ代理戦争、面白すぎて読みながら声出たよ〜〜🔥