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第134話:収益化達成と、緑色の札束〜資本主義のバグと、降り注ぐドルの雨〜
「……おい、結愛(ゆあ)。これ、何かの見間違いじゃないよな?」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で身を乗り出し、PCモニターに映し出されたYouTubeスタジオのダッシュボードを、血走った目で見つめていた。
『はい、ルシフェル様。正常なデータです。我が社の新人VTuber・ヨモさんのチャンネルが、開設からわずか数回の配信で、YouTubeの【収益化条件】を完全にクリアいたしました』
ディスコードの向こうから、冷徹な経理担当・結愛の氷点下ボイスが淡々と事実を告げる。
「数回って……おいおいおい! 普通、収益化の壁(登録者千人、再生時間四千時間)を越えるのには、何ヶ月も地道な努力が必要なんだぞ!? 俺だって最初は血反吐を吐く思いで……!」
『それが【バズ】という現象の威力です。ヨモさんの「労働批判」と「This is a Tax」の海外ミーム化により、世界中のZ世代が彼女のチャンネルに雪崩れ込みました。アルゴリズムは完全に彼女を【トレンドの頂点】として認識しております』
信じられないスピードだった。
三百万円の経費(自腹)を投じて海外から釣り上げた、圧倒的にダラけきった猫耳ズボラ娘。
彼女が放つ「働くのめんどくさい」「税金払いたくない」という低体温な愚痴は、過酷なインフレに苦しむ海外の労働者層にクリティカルヒットし、国境を越えた巨大なファンダムを形成してしまったのだ。
『ルシフェル様。現在、ヨモさんの【収益化記念配信】の待機所には、すでに二万人を超える海外リスナーが集結しております。……さあ、社長。歴史的な【集金】のゴングを鳴らしてください』
「ご、ゴクリ……っ」
俺は生唾を飲み込み、震える指でマウスをクリックした。
配信のスタートボタンが押され、世界に向けて画面が切り替わる。
『――Ugh… Hey guys. My boss forced me to turn on this “Monetization” thing. He said if I don’t, he can’t pay his taxes. So annoying.(うぇ……やっほーお前ら。上司に強制されて「収益化」とかいうのオンにした。これやらないと税金払えないんだってさ。マジうざい)』
ヨモの、相変わらず鼓膜の温度を3度下げるような、気だるげなネイティブ英語が響き渡る。
「おいヨモ! お前また俺をダシにしたな! もっと感謝の言葉とかあるだろ! 『みんなのおかげで収益化できたにゃん!』とか!」
俺が裏回線で喚くと、ヨモはLive2Dの猫耳をピコッと寝かせ、心底面倒くさそうに息を吐いた。
『Anyway, throw your money if you want. I’m just gonna use it to buy a more expensive pillow so I can sleep better. Bye.(とにかく、金投げたきゃ投げれば。私はもっといい枕買って、さらに快適に寝るために使うだけだから。じゃね)』
リスナーへの感謝ゼロ。労働意欲ゼロ。
しかし、その圧倒的な「媚びなさ」こそが、海外のリスナーたちが求めていた究極のエンターテインメントだったのだ。
ヨモが画面上の【スーパーチャット】の機能をオンにした、その瞬間。
「……な、なんだこれ……っ!?」
俺の視界が、強烈な【緑色】に染まった。
『SuperChat: $5.00 (BUY THAT PILLOW QUEEN!)(スパチャ5ドル:その枕買いなよ女王様!)』
『SuperChat: $100.00 (Take my capitalist chains!)(スパチャ100ドル:俺の資本主義の鎖を受け取ってくれ!)』
『SuperChat: $5.00 (For the Super Bottom Boss’s taxes!)(スパチャ5ドル:スーパーボトムなボスの税金のために!)』
『SuperChat: $200.00 (SLEEP FOR US YOMO!!)(スパチャ200ドル:俺たちの代わりに寝てくれヨモ!!)』
ベースを埋め尽くす5ドルスパチャの【緑】。そして時折混ざる、マゼンタや赤の高額な極彩色。
YouTubeのチャット欄が、スパチャの強烈なエフェクトで完全に埋め尽くされ、通常のコメントが一切読めない状態に陥った。
「ど、ドルだ……! 画面いっぱいに、アメリカの緑色の札束(グリーンバックス)が飛び交ってやがる……っ!!」
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1
俺は、三万円のゲーミングチェアから転げ落ちそうになりながら絶叫した。
日本円の数百円、数千円というレベルではない。
ベースとなる5ドルの雨あられの中に、100ドル、200ドルといった特大の爆弾が、一秒の隙間もなく降り注いでいるのだ。
「け、結愛! これ、今いくら稼いでるんだ!? 現在のレートだと、1ドル何円だっけ!?」
俺が血走った目で叫ぶと、結愛の冷徹なタイピング音がディスコードに響いた。
『現在のドル円レートは、1ドル約150円前後を推移しております。……ルシフェル様、信じがたいことですが、配信開始からわずか5分で、ヨモさんの獲得したスパチャ総額は、日本円換算で【百万円】を突破いたしました』
「ごふっ……!!」
俺の口から、変な声が漏れた。
5分で、百万円。
俺がかつて、コールセンターでクレーマーに土下座しながら、胃に穴を開けて一ヶ月かけて稼いでいた手取りの何倍もの金額が。
このズボラな猫耳娘が「枕が欲しい」とあくびをしただけで、一瞬にして空から降ってきたのだ。
「こ、これが……。これが、資本主義の真の力……っ!!」
俺は、四畳半の畳に両手をつき、歓喜に打ち震えた。
「世界すげえ!! ドルすげえ!! なんだよこれ、もう日本の狭い市場でチマチマ稼ぐ必要なんてねえじゃん!! 外貨だ! 外貨を獲得するんだ!! 俺は、株式会社インフィニティ・ワンは、ついに世界の覇者になるんだァァァ!!」
俺は立ち上がり、天井に向かって高笑いをした。
このペースでドルが入り続ければ、俺の口座はあっという間に億を超える。
もうインボイスなんて怖くない。消費税だって、札束で国税庁の顔をひっぱたいて払ってやる!
俺が完全な『成金思考』に染まり切った、その時だった。
『……ルシフェル様。大変申し上げにくいのですが、社長の脳内お花畑を、現実の経理データで焼き払わせていただきます』
結愛の、絶対零度の声が、俺の首筋にピタリと当てられた。
「な、なんだよ。水差すなよ。今、俺は資本主義の頂点に立ってる気分なんだから」
『頂点ではなく、断崖絶壁の淵です。ルシフェル様、この爆発的なドル建て収益ですが、YouTubeのプラットフォーム手数料(約30%)が引かれることはご存知ですね?』
「お、おう。まあ、それは仕方ない経費だろ」
『そして残りの収益が日本円に換算されて入金された瞬間、それはすべて株式会社インフィニティ・ワンの売上となります』
結愛の声が、徐々に呪いのように低くなっていく。
『海外からのスーパーチャットは【輸出免税(または不課税)】の扱いとなるため、国内とは違い、この売上に消費税はかかりません』
「えっ!? な、なんだ、じゃあインボイスも消費税も関係ない、丸儲けってことじゃねえか!!」
『はい。消費税が引かれない分、法人としての【事業年度の利益】が丸々と、天文学的に押し上げられます。……問題はここからです』
画面の中では、ヨモが『I’m getting rich by doing literally nothing. You guys are weird.(ガチで何もしてないのに金持ちになりそう。お前ら変なの)』と呟き、さらにドルの雨を降らせている。
『原価(仕入)がほぼゼロのデジタルコンテンツがもたらす、莫大な利益。そこに待ち受けているのは、法人税、地方法人税、法人住民税、事業税……。利益が出れば出るほど、日本の税制は容赦なく【約30%超の法人税率】の牙を剥きます』
「……えっ?」
俺の顔から、スッと血の気が引いた。
『現在のペースで海外からの送金が続いた場合、為替差益も相まって、来年の決算時にルシフェル様が国へ納めるべき法人税等の総額は――』
結愛は、タイピングの手を止め、はっきりと宣告した。
『――控えめに見積もっても、【三千万円】を優に超える試算となります』
「さ、さんぜんまん……っ!?」
四畳半のボロアパートが、揺れた(ような気がした)。
「払えるかァァァ!! 三千万なんて、もはや家とかじゃなくて、ちょっとしたビルが建つ金額だろ!! なんで俺が、自分の口座を通り過ぎただけのドルのために、そんな一生分の借金みたいな税金を背負わなきゃなんないんだよォォ!!」
『それが、法人化のリアルであり、日本という国でビジネスをする上での絶対のルールです。……ルシフェル様、喜んでください。貴方は今、真の意味で【超・高額納税者】の仲間入りを果たしたのです』
「ちっとも嬉しくねええええ!!」
俺は、画面いっぱいに降り注ぐ「緑色の札束(スーパーチャット)」のエフェクトから、目を背けた。
さっきまで希望の光に見えていたその鮮やかな緑色は、今や、俺を地獄へと引きずり込む【猛毒の沼】にしか見えなくなっていた。
「やめろォォ!! ヨモ!! お前もうそれ以上喋るな!! 頼むから配信を切ってくれぇぇぇ!! 俺の来年の税金が増えるぅぅぅ!!」
『SuperChat: $100.00 (The boss is screaming again. Music to my ears!)(スパチャ100ドル:ボスがまた叫んでる。最高のBGMだぜ!)』
『SuperChat: $50.00 (More taxes for the bottom CEO!)(スパチャ50ドル:ボトム社長にもっと税金を!)』
海外のリスナーたちは、俺の悲鳴(日本語)を「最高のエンタメ」として消費し、さらに容赦なくドルを投げ込み続ける。
X(旧Twitter)のトレンドには、またしても『#SuperBottomTaxes』という謎のハッシュタグが急浮上していた。
収益化達成という、VTuberにとって最高の記念日。
しかし、株式会社インフィニティ・ワンの代表取締役社長である俺にとっては、資本主義と日本の税制が牙を剥く、底なしの【絶望へのカウントダウン】の始まりに過ぎなかったのであった。
コメント
1件
うわっ、ついに収益化キター!って思ったらまさかの税金の牙…! 海外ドルざくざくの高揚感から一転、三千万円の法人税宣告で「ごふっ」ってなる主人公が面白すぎるw。スパチャの緑が希望から猛毒に変わる演出、マジで解像度高いわ。資本主義と税制のリアルを笑いに昇華するスタイル、めっちゃ好みだわ🔥