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#追放
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「あまり関わらない方が……」
マルコスの声が、わずかに震えた。
「あそこは、ちょっと……」
言葉を選んでいる。
「普通の商売じゃありませんので」
カルドは何も言わず、
銀貨を一枚、指の上で弾いた。
軽い音を立てて、それは宙を回る。
マルコスの目が、その軌跡を追った。
ぱし、と手のひらに収まる。
「……ここだけの話ですが」
マルコスは声を落とす。
「あまり深入りしない方がいい」
一歩、近づく。
「お客さん、海賊か何かでしょう」
カルドは、わずかに笑った。
否定しない。
「彼らは――」
マルコスは周囲を気にしてから、さらに声を潜めた。
「軍隊も、警察も持っています」
「捕まる前に、ここを離れた方が……」
言い終わる前に、
カルドの右手が動いた。
くい、と指を曲げる。
呼ぶような仕草。
その指の間には、もう一枚の銀貨。
「……」
マルコスの喉が鳴る。
カルドは、柔らかく笑った。
「工場とかに、案内してくれ」
まるで、散歩の行き先を決めるような口調だった。
「……正気ですか」
マルコスが呟く。
カルドは答えない。
ただ、銀貨を軽く放った。
「案内料だ」
短く言う。
「足りなきゃ、あとで払う」
その言葉に、マルコスはしばらく動かなかった。
やがて――
ゆっくりと、その銀貨を握りしめる。
「……わかりました」
声は、もう震えていなかった。
いや。
震えるのを、やめただけだった。
カルドは満足そうにうなずいた。
「いいね」
そして一言。
「話が早い」
工場の前には、男たちが立っていた。
守衛――というより、兵士に近い。
腕を組み、無言でこちらを見ている。
その視線には、明らかな“拒絶”があった。
マルコスが一歩前に出る。
何かしゃべって
言い終わる前に、男のひとりが手を上げた。
通す気はない、という合図だった。
マルコスが、ちらりと振り返る。
カルドと目が合う。
何も言わない。
ただ、ほんのわずかに、顎で示す。
カルドは、ため息のように笑った。
指の間で、銀貨を一枚弾く。
それを、軽く放る。
マルコスが受け取り、守衛に握らせた。
一瞬の沈黙。
やがて、男が横にずれる。
道が開いた。
「……なるほどな」
カルドが小さく呟く。
門をくぐると、空気が変わった。
外の喧騒が、急に遠くなる。
中から、一人の男が歩いてくる。
背筋が伸びている。
服も、ここにいる連中の中では明らかに上等だ。
「リシャブと申します」
流れるような言葉だった。
「ご案内いたしましょう」
その目は笑っていたが、
どこか測るような光を帯びていた。
カルドは、その視線を受け止める。
「頼む」
短く答えた。
リシャブは一礼し、背を向ける。
そのまま歩き出した。
カルドは一歩遅れてついていく。
――この先にあるものが、何であれ。
もう、引き返す気はなかった。
建物に入った瞬間、空気が変わった。
重い。
湿っている。
熱がこもり、外の風はまったく入ってこない。
「……なんだ、ここ」
カルドは思わず顔をしかめた。
奥から、絶え間ない音が響いてくる。
カタン、カタン、カタン。
単調で、乾いた音。
それがいくつも重なり、逃げ場のない壁のようになっている。
中へ進むと、その正体が見えた。
織機だった。
細い糸が幾重にも張られ、
その間を木の枠が往復している。
人が、それを動かしていた。
痩せた男が、腰を落とし、足で踏み、手で引き、
一定のリズムで機械を操っている。
カタン。
糸が打ち込まれる。
カタン。
また一本、布が生まれる。
その動きに、迷いはない。
いや――迷う余地がない。
止まれば、遅れれば、
すぐに横から声が飛んだ。
「手を止めるな!」
振り返ると、太った男が立っていた。
腕を組み、目だけで全体を見渡している。
その足元には、まだ巻き取られていない布が積まれていた。
白く、美しく、滑らかで――
外で見たあの“宝”そのものだった。
カルドは一枚、指で触れた。
「……すげえな」
思わず漏れた言葉。
その瞬間、背後で小さな音がした。
振り向くと、子どもが糸をほどいていた。
細い指で、絡まった糸をほどいている。
指先は傷だらけだった。
血が乾いて、黒くなっている。
それでも、手は止まらない。
「おい」
カルドが声をかけると、子どもは顔を上げた。
何も言わない。
ただ、見ている。
その目には、感情がなかった。
「……いくらだ」
カルドは、隣の男に聞いた。
「こいつらか?」
男は鼻で笑った。
「安いもんだ」
「飯と、ちょっとの銭。
逃げられねえように借りも背負わせてる」
「働けば働くほど、借りは増える」
「いい仕組みだろ?」
カルドは黙った。
カルドの体の中で何かがはじけた
「……なるほどな」
静かに言う。
「これが、“儲かる商売”か」