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本当はもう少し眠っていたかった。


こうしていれば苦しいことも、辛いこともない。

ただ徹の気配を感じながら、夢の中に逃げていたかった。

それができればどれだけ楽だろう。

でも、


「戻っておいで」

「乃恵、戻ってこい」

「お願い目を開けて」

毎日のように投げかけられる声。


それは私を求める声で、私の会いたい人たちの思い。

いつの間にか、私も会いたいと思っていた。

もう、この気持ちに逆らうことはできない。


そして、私は夢から覚める時を迎えた。



ゆっくりと目を開けると、そこは真っ白な天井。

過去に何度も目にした、病室の景色。

カーテン越しの朝日が、顔に当たる。


ウッ。まぶしい。


ずっと暗闇の中にいたからだろうか、お日様に光がまぶしくて一瞬目を閉じた。


少しずつ明るさに慣れ、ゆっくりと目を開け頭を倒してみる。

そこに見えたのは、ベットサイドの椅子に腰かけたまま目を閉じて眠る人。


徹。


私の頬をポロリと涙が流れ落ちた。


***


長いまつげ。

目の下のクマ。

頬もコケ、少しやせた気もする。

きっと疲れているんだよね。


「徹」

かすれた息だけの声で、呼んでみる。


「ん?」


気配を感じてくれたのか、目をシバシバしている。


「徹」

もう一度、今度はちゃんと声が出た。


眠そうな徹をジッと見つめていると、目が合った。


「乃恵?」

私を見る驚いた顔。


しかし、そのまま徹の動きは止まった。


「乃恵?」

「ぅん」


「本当に乃恵?」

「うん」


他に誰がいるのよって突っ込みはやめておいた。

二か月も眠っていた人間がいきなり目を開ければ驚いて当然だものね。


「本当に、乃恵なんだな?」

「そうだよ」


長いことお待たせしたけれど、やっと徹の元に戻って来た。


「夢じゃないんだな?」

言いながら自分の頬をつねる徹。

「痛っ」


「あたりまえだよ」

何やってるの。


徹らしくもない行動にあきれていると、

「乃恵」

ギュッと手を握られた。


「徹、痛いよ」

「ごめん。つい」


いいよ、別に。


「ただいま、徹」

「お帰り、乃恵」


今度はそっと私の手を包み込み、徹は涙を流していた。


***


それからは慌ただしかった。


山神先生が呼ばれすぐに診察と検査。

1日にちかけて全身くまなく調べられた。


「うん、体は異状ないね。さすがに2か月も眠っていたから、体力と体重は落ちているけれど、心臓は以前よりいいくらいだ」

「そうですか」


なぜかホッとした。

あの時、死んでもいいと持っていたはずなのに、今は生きていたことがすごくうれしい。


「ゆっくりリハビリして、体力を回復すれば、すぐに元通りになれるよ」

「はい」

「それと、」

ちょっと言いにくそうに言葉を止めた山神先生。


山神先生の提案は、精神科のカウンセリングを受けてみないかというもの。

体の不調に加え、仕事のストレスと、病気のストレスと、先の見えない不安。

いろんなものが絡み合って長期間の意識喪失になったんではないかというのが先生の見解。

だから、カウンセリングを受けるようにと勧められた。


「無理にとは言わないよ。カウンセリングを受けるよりも、彼とうまくいくほうが君には効果ありそうだしね」

診察のために席を外した徹のいる廊下を見る先生。


「えっ」


「彼、いい人だね。ずっと乃恵ちゃんに付きっきりだった」


私にも、ずっと声が聞こえていた。


「彼のためにも、体を大事にしなさい」

「はい」


***


午後にはお兄ちゃんと麗子さんも来てくれた。


「乃恵ちゃん」


病室のドアを開けるなり駆け寄り、私を抱きしめた麗子さん。


うぅーん、いい匂い。


息が苦しくなるほど抱きしめられても、そんなことを考えてしまった私。

病み上がりのせいか、思考回路がだいぶいかれているらしい。


「乃恵が苦しいだろ、やめろ」

徹が止めてくれた。


でもね、全然苦しくはなかった。

こうしてもう一度麗子さんに会えたことがうれしくて、


「麗子さーん」

気が付くと声をあげて泣いてしまった。


「ごめんね、乃恵ちゃん。苦しかった?本当に」

「違うんです。うれしくて」

「え?」


「麗子さんもう一度会えて、それがうれしいんです」


「乃恵ちゃん」

今度は麗子さんが泣き出した。


綺麗な人は、何をしても美しい。

たとえ涙をながしても、鼻水をたらしても、絵になってしまう。

これは、反則。



「もういいだろ」


泣き続ける麗子さんの後方からお兄ちゃんが現れた。


***


なんでだろう。

いつもなら真っ先に駆け寄るお兄ちゃんが、病室の入り口から私を見ている。


「お兄ちゃん」

呼んだきり、私のほうが泣きそうになった。


だって、あのまま目覚めなかったら二度とお兄ちゃんに会えないところだった。

今まで何度か発作を起こした時、目覚めた私が真っ先に見たのはお兄ちゃん顔。

心配そうな、怒ったような、不安そうな顔で私を迎えてくれた。

でも今は、遠慮気味に距離をとったまま。


「大丈夫か?」


少し私に近づいてから、また歩みを止めたお兄ちゃん。

なんだかいつもよりも他人行儀な気がする。


「どう、したの?」

そう聞いてしまうほど、いつもお兄ちゃんとは違う。


「いや、どうもしない」


嘘だ。

お兄ちゃん、おかしいもの。


すごくよそよそしくて、お兄ちゃんじゃないみたい。


「陣ほら、乃恵ちゃんが心配するでしょ」


強引に手を引いて、麗子さんがお兄ちゃんとベットの横まで連れてきた。


「やめろよ」


照れくさそうに麗子さんの腕を払おうとするお兄ちゃんに、私は手を伸ばした。


***


「お兄ちゃん」


「ん?」


ゆっくりと手を取り、私を見るお兄ちゃん。


私は両手を広げてお兄ちゃんにハグをした。



「心配かけて、ごめんね」


徹さんと逃げてしまったことも含めて、ちゃんと謝りたかった。


「戻って来てくれて、よかった」

いつもとは違う小さな声。


「うん、戻って来たよ」


「あのまま乃恵がいなくなったら、俺は生きていられなかった」

「お兄ちゃん」


初めて見る弱り切ったお兄ちゃんに戸惑った。

いつだってお兄ちゃんは強くて、弱ったところなんて見せないのに。


「陣はね、自分のせいで乃恵ちゃんが倒れたんだと思っているの。自分が乃恵ちゃんを追い詰めてしまったんだってね」

多くを語らないお兄ちゃんに代わって、麗子さんが説明してくれた。


「えっ、それは、違うよ」


逃げたしたのは私で、だれの責任でもない。



「もう二度と、居なくなるな」

私を抱きしめる腕に力を込めて、絞り出すような声。


「うん、ごめんね」

私もお兄ちゃんを抱きしめた。


***


それから数日、時間は穏やかに流れた。


「もう食べないのか?」


夕食に出された食事を半分ほど残した私に、徹のチェックが入った。


「もう、お腹一杯」


これ以上食べたら気持ち悪くなりそう。


「そりゃあそうだろう、あれだけお菓子を食べれば夕食が食べれるはずないわな」

少々あきれ顔で、私を睨んでいる。


「だって・・・」


毎日のように食べ物を持ってきてくれる麗子さんや、お菓子を持ってここで昼休憩を取ろうとする雪菜ちゃん。

産科部長や、先輩たちまでお菓子やケーキを持って顔を出していく。

いくら食べてもこの病室からお菓子が消える日がない。


「いらないなら断れよ」

「そんなこと」


できるわけがない。

みんな良かれと思ってきてくれているんだから。


「乃恵が言えないなら俺が言ってやるよ」

「ええー」

つい、唇ととがらせた。


「嫌なら、ちゃんと食事がとれるくらいにセーブしなさい」

「はーい」


怪しいなって顔で私を見る徹。


私は身を乗り出して、徹の背中に腕を回した。

***


「そんなに煽るな」

私の腕を上手にかわしながら、優しくおでこにキスをする。


「だって・・・」


もっと、もっともっと、徹に触れていたい。

こんな場所で不謹慎だとは思うけれど、この気持ちは止められない。


「もう少し、我慢しろ。今は元気になることだけを考えていろ」


そんなあぁ。


「もう、元気なのに」


これは嘘ではない。

目覚めてからの私は体調も良好で、何を食べても美味しいし、よく眠れるし、心臓の検査結果も今までにないほどいい。

おかげで、山神先生から提案されたカウンセリングも見合わせているくらい。

さすがに手足の筋力回復はもう少しかかるけれど、すっかり元気になった。


「退院して普段の生活に戻ったら、ずっと2人でいられる。それまでは体のことだけ考えて」

「徹?」

私は徹の言葉を遮った。


ずっと2人でいられるって・・・それって、


「ああ、これからずっと2人で生きていこう」


私は口を開けたまま、じっと徹を見つめた。


これって、プロポーズ。だよね?

うれしい。すごくうれしい。でも、


「また、妙なこと考えてる」

ギュッと右頬をつねりながら、徹が私の顔を覗き込む。


「痛いって」


図星を刺された恥ずかしさをごまかそうと顔を背けようとしたけれど、左頬に手を当てられて逃げ道をふさがれてしまった。


***


「幸せにするなんて無責任な約束はしない。でも、一生大切にする。どんなことがあっても、全力で守る。だから、」


そこまで言って、徹の言葉が止まった。


私は落としていた視線を上げて、徹を見た。



「僕と結婚してください」


「え、えええ、だって」


すごくうれしいのに、素直に「はい」とは言えない私。



「ちなみに、イエス以外の返事は受け付けない。俺はもう、乃恵を手放す気はない」


「そんな横暴な」


一応文句を口にしてみたけれど、私の気持ちを知っている徹にごまかしはきかない。

それに、私も彼の側を離れるつもりはない。


「あきらめて俺と一緒にいなさい。俺たちはきっと、運命なんだ。いいね?」


はあぁー。

徹って、こんなセリフを言う人だっけ?


自分でもわかるくらい顔を赤くした私は、ただうなずくだけの返事を返した。



恋愛なんてしないと言い続けてきたくせに徹に恋をした私が言えた義理ではないけれど、徹もかなりキャラが崩壊してきている。

きっと普段の徹は無口で硬派で、『運命だ』なんてセリフで女の子を口説く人ではないはず。

そう思うと、今徹に愛されていることがうれしくて、


「ずっと、一緒にいようね」

私から唇を重ねた。

切ないほど愛おしい

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