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「なんで、グロリアスまでついてきてるんですか! エトワール様」
「あーははは」
目の前に座るアルバが隣に座っているグランツを指さしながら叫んだ。彼女はご立腹のようで、眉間にシワを寄せて私を見る。私は、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
何故、こんなことになってしまったのか。
それは、数時間前に遡る。
結局、私はグランツを連れて行くことにした。理由は簡単で、彼の主人であるトワイライトが帰ってくるまでの間、私の護衛に戻ったというか、護衛もどきになったと言うか。取り敢えず、トワイライトが帰ってくるまでは私の護衛として仕えてくれるらしい。それでも、条件に今の私の騎士はアルバだと言うことを念押しした。
いくら、元護衛だからといって甘やかすわけにはいかないし、アルバの思いを踏みにじるわけにもいかないわけで。
というのを、アルバにも伝えたのだが、イマイチ理解できていなかったのか彼女はグランツを見て、憎たらしそうに睨んでいた。
そして、グランツがついてくることは了承したが、アルバは納得しなかったらしく、私がダズリング伯爵家にいくと言えば、私一人で十分ですといって聞かなかった。まあ、アルバより落ち込んでいたのはリースなのだが。
(露骨に嫌そうなかおをしたのよね……)
リースは、この世界にきて私が一番最初に仲良くなったグランツの事を嫉んでいるらしく、彼が私に庇われたことや私への思いを感じてか、あまりいい顔はしなかった。
となると、リースはグランツ、グランツはアルベド、アルベドはブライト……と嫉妬やら憎しみやらの矢印が向いていると言うことになる。これは、頭の片隅にでも置いておいても損はないだろう。何せ、これまで攻略キャラが二人以上関わって良いことはなかったから。この矢印の方向は覚えておいた方が良い。飛び火しかねないから。
「でも、本当にエトワール様って寛大ですよね」
「寛大? 私が?」
と、聞き返せば、アルバはそうですよ。と少し怒ったように言った。
自分が寛大なんていわれたことなかったし、そんな風には思っていない。寧ろケチというか、感じの悪い女だと思っていたのだが。
そんな風にちらりとアルバの横を見れば、ばっちりとグランツと目が合った。彼の翡翠の瞳は爛々と輝いている。トワイライトの隣にいるときは死んだ魚の目をしていたのに。
(まあ、元から空虚だったというか、空っぽで何にもなかったんだけど……)
出会った時の彼と言えば、本当にガラス玉みたいなめをしていた。綺麗だけれど、綺麗なだけ見たいな。お人形さんみたいだと思ったのだ。それが、今では光を帯びたり、失ったり、よく分からない。
ダズリング伯爵家にいく道中、私はこれまでのことをゆっくりと思い返していた。
此の世界にきてから怒濤の日々を送り、そうして、ヒロインが現われたかと思えば、ヒロインは敵になって。攻略も自分が告白しなければならないという設定だったことも。星流祭だったり災厄の調査だったり、リースの誕生日だったり出来事は一杯あったけど、楽しかったという記憶があまりないのは何故だろうか。やはり、エトワールストーリーはハードモードなのだなと、一周まわって笑えてきてしまう。
まあ、まだこれから何だろうけど。
そう思っていると、ダズリング伯爵家の前につき馬車が止った。相変わらずメルヘンチックな豪邸だ。馬車が完全に止るとグランツとアルバは先に降り、私をエスコートするといった意思がガンガンに感じられるぐらい手を二人して差し伸べてきた。これは、どっちをとったら良いのかと、一瞬迷い、グランツの好感度に目がいった。きっと、手を取れば彼の好感度は上がるだろうが、90を越えている以上、少し下がったところで問題はないと思った。だが、連れてきた身、何もしないのでは彼もあれだろう。
そんなことを考えて、私は二人の手を取らずに馬車から飛び降りた。地面につく際、少し足をやらかしてしまい、痛みが走った。
「……いぃ」
「だ、大丈夫ですか、エトワール様」
そう声をかけたのは、アルバだった。彼女は足を見せてくださいと必死になっていたが、元はと言えば私が彼女たちの手を取らなかったために、無理に馬車から飛び降りたためにくじいた……まではいかないけれど、の痛みであるから、彼女に落ち度があるわけではない。
しかし、彼女は私の靴を脱がせようとしてくるものだから、私は慌ててそれを制した。
「ちょちょちょ、そんなに大事にしないで! 大丈夫だから!」
「ですが、エトワール様に何かあっては!」
「そんな柔じゃないし、というかこれぐらいで大げさだって」
と、いうものの、アルバは納得していないのか眉間にシワを寄せて私を睨んだ。
彼女の視線は痛かったが、私は事を大きくしたくないため、大丈夫と再度いう。彼女はまた納得しないといった表情だったが、後ろから現われた人物を見て姿勢を正した。一体誰が来たのだろうと思い、振返れば太陽の光を帯びた黄金が目に飛び込んできた。
「エトワール、どうかしたのか?」
「リース……殿下」
一応人前なので、と言うこともあり慌てて殿下と付け足したが、彼はそれには触れず、私に何かあったのかと問うてきた。私は、何もないと答え、後ろで何か言いたげだったアルバを睨んで止める。
だが、リースも何か可笑しいと首を傾げる。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が!? 元気ですけど!?」
「まだ、病み上がりなのだろ」
リースはそう言って私に近寄ると、額に手を当ててきた。その行動に驚いていると、リースは熱くないか? と聞いてきた。
いきなりの行動に私は、陸に打ち上げられた魚のごとく口をパクパクさせるしかなかった。心配してくれるのは嬉しいし、凄く気を遣ってくれているんだなあと感謝と、謝罪半分半分で、それは、嬉しいのだが、こんな人前でやめて欲しいと心の底から思った。
「りー、リース、殿下人前では!」
「ああ、そうか、そうだな」
そう言うと、リースはぱっと手を離してくれた。そして、少し考えるような素振りを見せると、今度はグランツの方に目を向けていた。グランツはいつも通りの無表情でリースを見ていたが、ぺこりと頭を下げる。リースはそれすら気にくわないというようにため息をつき、私を見た。
「何故彼奴がいる?」
「ねえ、それ出発の時にもいっていなかった?」
「ただ、見送りに来ただけだと思っていたんだ。まさか、連れてきていたとは」
まあ、確かに、リースの方が先に出たから、グランツを連れてくるなんて思わないだろう。
私が苦笑いを浮かべていると、リースはもう一度グランツの方を見る。グランツも皇太子を前にしては余計なことを言わないだろうし、アルベドの時みたいに突っかかることもないだろうと、私はリースに視線を戻した。皇太子と平民の騎士が同じ土俵には立てないし、そこまで殺気立つことないのになあと私は呆れてものも言えなかった。
「良いでしょ。別に」
「……だが、彼はトワイライトの騎士なのだろ? 何故お前の所に?」
「トワイライトがいない間アルバと一緒に守ってくれるっていったの。私も、混沌に狙われているみたいだし、そう思えば護衛は幾らいても良いんじゃない?」
と言うことにしておこう。全くそんな気はないけれど。
グランツを自分の騎士に戻したわけではないし、トワイライトが戻ってこればまた彼女の所に戻りなさい。と言うつもりである。だから、臨時というか、一時的なものなのだ。
「まあ、細かいことは気にしないで。さっ、ちゃっちゃと用事済ませちゃいましょうよ」
「ああ、そうだな。やることは山積みだからな」
そう言って、リースは歩き出した。
それにしても、不思議なのは、何故皇太子自らダズリング伯爵と交渉をしなければならないのか。こういうのは遣いを送って交渉するものなのではないのかと。
まあ、私が知らないだけで色々あるのかもしれない。だが、やはり引っかかりを覚えるというか、そういうものなのかと納得は簡単にはできなかった。
ダズリング伯爵家の庭に足を踏み入れれば、ダズリング伯爵の従者と思われる人達がぞろぞろと出てきて、私達に向かって深々と頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました」
「出迎え感謝する。早速案内してくれ」
「かしこまりました」
と、リースとあちらの従者が会話をしているのが見えた。矢っ張り、私がついてきたのは間違いだったんじゃないかなあと言う空気感で、こう仕事をしているリースを見ると本当に皇太子というか威厳ある人なんだなあと見とれてしまう。
(私より先に転生していて、この世界に馴染んでいる遥輝は矢っ張り凄いよなあ……)
彼は思えば、勉強だけではなく人望も厚かったし、そりゃあ女子にモテていたのはそうなんだけど、男子にも人気があった。母親が良い会社で働いているのもあったし、財閥の親戚だったし……まあ、色々スペックと彼曰く付属品があったから周りから人目置かれていたのだそうだ。私はそう言うのではなかったから。
「あの、聖女様」
そんなことを思っていると、不意に声をかけられ、私は誰だろうと振向く。そこにいたのは、ルクスとルフレのメイドのヒカリだった。
「ご、ごご無沙汰しております」
「ああ、ヒカリさ……ヒカリ、お久しぶり」
「覚えていてくださったんですね……」
彼女はそう言うと、嬉しさ半分驚き半分と言った表情で私を見つめた。私は、その言葉に苦笑いを浮かべると、彼女は思い出したかのように口を開いた。
「と、所で聖女様はどういったご用件で?」
と、ヒカリはリースの方をちらりと見て口にする。やはり、周りから見ると私は何故きたのかと思われても仕方がないと思った。
私の後ろで何を話しているんだろうと言った目で見てくるグランツとアルバを気にしながら、私はどういう理由をつければ納得して貰えるかと考える。だが、やはりリースの力になりたい~っていってきて、結局ただついてきただけの女になっていたので、理由も何もつけられなかった。
そんな風に困っていれば、ヒカリはもしよろしければ。と口を開く。
「お時間があるようでしたら、お坊ちゃま達にお会いになりませんか?」
「え、ルクスとルフレに?」
「はい。とくに、ルフレお坊ちゃまは聖女様に会いたいようでして……」
そこまで言いかけて、ヒカリはあっと口を閉じた。言ってはいけない事をいってしまったという彼女の様子からして、きっと何かあったんだろうと察しがついた。
だけど、ここで話を掘り下げるわけにはいかないし、下手に突っ込めば私まで変に思われる。それに、彼女もこれ以上は何も言わないだろう。
だが、私としても会えない理由がないので、リースの邪魔になるぐらいなら彼らと顔を合わせるのもまたいいだろうと思い、快く承諾した。すれば、ヒカリはパッと顔を明るくする。
(まあ、攻略キャラだし顔を合わせて置いた方が良いかもだし……)
と、自分に言い聞かせながら私は顔を上げる。ヒカリは「では案内しますね」と笑顔で告げて歩き出した。ヒカリがいつも以上に笑顔だったのが少し気味悪く思えた。
(人にそんなこと言っちゃあれだし、思っちゃいけないけど……)
何て、私は何処か不思議というか不自然さを感じつつ、その後をついて行くのであった。