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うっすら頬を赤く染めてもじもじするティオネの華奢な身体から、いくら強化魔法を使うといっても、それなりに硬度のある水晶を割れるのか? と疑問に思ったが、彼女はあっさり叩き割ってみせた。
ヒルデガルドも色々と尋ねてみたい気持ちだったが、今はそれを重要視するときではない。なんとか台に置いて三人で水晶に触れて魔力を注げば、あっという間に飛空艇の電力が供給され始め、魔水晶の乗った台も彼女たちが手を離すと結界を張った。
「ま、色々と驚きはあったが、ともかくこれでひとつ問題は解消されたな。あとは……プリスコット卿、君を都市へ送って応援を要請してもらうことになる。この森の場所は地図で確かめたところで正確ではないから、カトリナにも声を掛けてくれ。彼女なら、ポータルを繋いだときの魔力を辿ってくれるはずだ」
いくらカトリナが新たに任命されても、魔塔の評判はウルゼンの件で大きく損なわれたことは事実だ。信頼回復のためには、今回の件で魔塔にも活躍の場を与えておけば、後々に良い方向へ作用してくれるはずだとヒルデガルドは先を見た。
アーネストもまた、彼女の考えを理解して頷く。
「わかった。ポータルはすぐに開けるのか?」
「私ならできる。一人分くらいの道なら簡単なものだよ」
その場で彼女はアーネストの邸宅前へ道を開く。
「さあ、行ってくれ。あとは頼んだ」
「任せろ。すぐに応援を呼んで戻ってくる」
アーネストを首都に見送り、あとは彼の働きかけを待つだけとなる。これでひと安心、と三人は一度、デッキへ戻ることにした。既に船内には多くの乗客が戻ってきており、電力が回復したのに気付いていた。
「これで二日間はどれだけ電力を使っても問題なさそうですわね。それまでにわたくしたちの魔力がしっかり回復してくれれば良いのですけれど」
「まあ、全快とはいかなくとも、ある程度は戻るだろうさ。そうなれば、また一日分くらいは補充もできる。プリスコット卿の素早い仕事に期待だな」
デッキにいた大勢の人はまばらになり、風に当たりたい者や警備に出ている冒険者たちは、ようやく穏やかな時間を過ごし始めていた。
エイドルも一仕事を終えての一服中だ。
「よう、お嬢ちゃんたち。まさか本当に電力が供給できるだなんて驚いたぜ。……プリスコットの旦那は、もう首都に送ったのか?」
「問題なく送り届けた。あとは救助を待つだけだ」
正確な場所が分からない以上、応援が駆け付けるまでどれだけの日数を要するかだけが唯一の不安要素だったが、ヒルデガルドは少なくとも電力に関しては問題なく継続して使えるよう最善を尽くすつもりだ。
「ありがとよ。あんたらも少し休んでくれ、もうずいぶんと働き詰めだろ。そっちの商団長様は、そもそも客なのに手を貸してくれて助かった。本当に申し訳ねえ。こんな事態になって、俺もどうしたらいいのか……」
既に飛空艇は数回にわたって航行しているが、これまで一度もトラブルはなかった。だからエイドルも自信をもって船長を務めていた。だが、ワイバーンの襲撃から始まって、飛空艇は不時着。魔物との戦闘で犠牲者も多数とあって、どう責任を取ればいいのか見当もつかないほど彼はがっくりしていた。
電力の供給や応援の要請など、山積みだった課題が片付いたことで緊張の糸が解れ、冷静に自分の置かれた状況を考えた結果、ひどく落ち込んだ。
「あまり気に病まない方がいいですわ。今回の事態、そもそもが異質ですもの。でなければ、クリスタルスライムが最初から取りついているはずがないですわ。首都の結界は魔塔の魔導師たちが張った、これまで一度も例外なく魔物を全て排斥してきた実績があります。それが、今回に限っては警報ひとつならず町中に潜り込み、あまつさえ誰にも気取られないなど妙ではありませんか」
ちらと説明を促すように、ティオネの視線がヒルデガルドへ流れた。
「今回の件、おそらく何者かによる計画的な襲撃だろう。少し前に魔塔で起きた事件の首謀者だった男の研究は、魔物を操るためのものだった。もしも研究の内容が外部に漏れていたとしたら、誰かがこの飛空艇を使って試した可能性もある」
飛空艇の点検は緻密に行われたうえで航行される。大多数の人間を乗せる以上は必要不可欠、手を抜いてはならないとエイドルが口酸っぱく言い聞かせたし、乗組員たちも飛空艇に関われることを誇りに思っていた。
もし魔物が入り込む隙があったとすれば、飛空艇が発進する前。乗客の荷物や食糧などを積載するときに介入があったに違いないと伝えられたエイドルは、そんなはずがない、とかぶりを振った。
「荷物を載せるときも、魔水晶を設置して危険なものがないかチェックするのに専属の魔導師が携わってくれてたし、態度はまあ良くなかったが、しっかりやってくれてたよ。他の仲間も同じ証言をするはずだ、誓っても構わねえ」
そんな彼の強気な言葉を、ヒルデガルドはあっさり覆す。
「……魔物を操る技術は人間にも使える。君も見ただろう、あの専属魔導師たちの遺体を。考えているよりも深刻な状況だと理解したほうがいい」
信じたくはない。だが、エイドルも頭では分かっていた。否定をしたところで、現実は魔導師たちの言葉のほうが正しい、と。
「わかった。この問題の報告が済んだら、国が冒険者ギルドへ正式な調査依頼を出してくれるはずだ。そのときは信頼できるあんたらに頼むよ」
「任せてくれ。君の期待に応えてみせよう」
力強く答えたヒルデガルドは、それに、と胸中で続けた。
(……報いは受けさせなくてはならない。必ず、何があっても)