テラーノベル
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深夜のダンス練習室。鏡張りの壁は熱気でわずかに曇り、スピーカーからは微かなノイズが漏れている。
「ふっか、そこ。半歩遅れてる」
岩本の鋭い指摘に、深澤は「あちゃー」とわざとらしくおどけて見せた。
「きびしー。照、もう3時間ぶっ通しだよ? おじさん、膝が笑い始めちゃってるわ」
そう言って深澤は床に大の字に寝転がった。岩本はタオルで首筋の汗を拭いながら、呆れたように、けれどどこか愛おしそうにそれを見下ろしている。
「……休憩。15分な」 「よっしゃ! 照、愛してるわー」
深澤が起き上がり、持ってきたバッグから一口サイズのチョコレートを取り出した。銀紙を剥き、自分の口ではなく、岩本の口元へ差し出す。
「ほら、糖分。照の好きなやつ」
岩本は一瞬だけ躊躇するような素振りを見せたが、そのまま深澤の指先ごと、チョコレートを口に含んだ。指が唇に触れる。
「……甘すぎ」 「嘘つけ。顔が緩んでんぞ」
深澤はふふっと笑い、今度は自分の口にチョコを放り込んだ。モグモグと頬を動かすその横顔を、岩本はじっと見つめる。
ふとした沈黙。雨音も聞こえない防音の室内で、二人の呼吸音だけが重なる。
「……ふっかさ」 「んー?」 「最近、あんまり無理すんなよ。MCとか、グループのこととか。お前、背負い込みすぎるから」
岩本の言葉に、深澤の手が止まった。いつもふざけて、みんなを笑わせて、空気を読みすぎるほどに読む深澤の「脆さ」を、岩本は誰よりも知っている。
「……バレてた?」 「付き合い、何年だと思ってんの」
岩本は深澤の隣に座り、大きな手で彼の後頭部を乱暴に、でも優しく撫でた。
「俺が隣にいる時は、かっこつけなくていい。最年長とか、MCとか、全部置いてけよ」
深澤は一瞬、驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの柔らかな微笑みに戻った。でも、その瞳は少しだけ熱を帯びている。
「……じゃあ、今だけ甘えていい?」
深澤が岩本の肩に頭を預ける。鍛え上げられた岩本の肩は硬く、けれど驚くほど温かかった。
「15分過ぎても、起こさないでよ」 「……勝手にしろ」
岩本はぶっきらぼうに答えながらも、預けられた重みを拒むことなく、自分も深澤の頭にそっと頬を寄せた。
甘いチョコレートの香りが、二人の間に微かに残っている。それは、二人だけの夜を彩る、誰にも邪魔できない
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