テラーノベル
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若井の座る椅子に座ってしまうという天然さ、そして、面接の中でもたくさん僕たちについて質問をしてくれた高野を、元貴がいたく気に入って、ベーシストとしての彼の加入が決まった。
「改めまして、高野清宗です、22歳です。よろしくお願いします。」
爽やかな笑顔の彼は、僕より2学年上で、ミセスの最年長となった。
僕は、社会人経験もある年上が入ってきてくれて、すごく嬉しかった。
「よろしく、僕は今年21歳になりました、藤澤涼架です、キーボディストです。」
「あ、歳近いですね、嬉しい!」
「バンドのお兄さん同士、仲良くしましょう!」
「なんか、2人雰囲気似てるね、この頼りないお兄ちゃんたち。」
綾華がそう言って、元貴と若井も同意していた。
僕たちは、高野をベーシストに迎えて、さらにその活動スピードは速くなった。
2014年も終わりが見える頃、元貴から驚きの話が僕たちに入ってきた。
「来年の頭に、ミセス初の全国流通盤のミニアルバム、作ります!」
全国?全国って、全国の事だよね?あまりのスピード感に、身体では必死について行っているけど、頭と心がどこか置いてけぼりな感じがしていた。
そこからは、あっという間だった。
ライブを企画して、それに向けて練習を詰め、CDを買ってもらう。僕たちは、一つの目標に向けて、とにかく必死だった。
そして、とうとう、僕たちのデビュー日が決まった。
ただし、元貴と若井の高校卒業が、条件であった。
「お前ら、脳みそ貸してくれ。」
元貴と若井が、僕と綾華とタカシ(マスオ同様、高野の愛称だ)に頼んで?きた。
元貴の家に集まり、元貴、若井それぞれの卒業をかけた最終考査に向けて、猛勉強会が毎日のように開催された。
「綾華、こっち!数学助けろ!」
「タカシ、歴史は?古文は?教えて!」
「涼ちゃんは何ができるの!?」
「英語得意だよ、留学してたし。」
「2週間のホームステイを留学って言うな!そんなもん旅行だろ!」
あーだこーだと言いながら、みんなで力を合わせて、なんとか2人を無事に卒業へ導いた。卒業式には、みんな、燃え尽きたように、ぐったりとしながらも、お祝いに駆けつけた。
『涼ちゃん、今日うちおいでよ。』
7月7日、メジャーデビュー日前日に、元貴に誘われて、僕は家を訪ねた。元貴は、高校卒業と共に実家を出て、ひとり暮らしを始めていた。
「いらっしゃい。」
「あれ、僕だけ?」
「うん。どーせ暇でしょ?」
う、痛いところを突かれる。そう、何を隠そう、タカシも綾華も若井も、なんとみんな恋人がいるのだ。そして、僕には、…いないのだ…。
「じゃん、七夕のちらし寿司。」
「え!元貴作ったの?!すっご〜。」
「いやこれ、ご飯炊いて混ぜ込むだけだし。」
「それでも充分すごい。こういうとこマメだよね、元貴って。」
「涼ちゃんはこういうとこダラシないよね。」
「ほっといて。」
元貴がククッと笑う。僕は、いそいそとお皿やコップを用意して、元貴が作ってくれたご飯を一緒に食べる。
「なんかさ、割とロマンチックだよね。」
「ん?」
「七夕の次の日がデビュー日なんてさ。」
「うん、僕もそれ思った。なんか、願い事が叶った、って感じがするよね。」
「ね。」
元貴が、こてん、と頭を僕の肩に乗せる。
「やっと、…やっとここまできたね。」
「そうだね、でも、結成してからって考えると、まだ2年なんだよね、なんか驚きだよ。」
「ほんと、もっっっと濃かった気がする。」
「前も言ったけどさ、僕、あの時元貴に誘ってもらえて、元貴の音楽に恋して、ここまで頑張って、ホントに良かったなって思うよ。」
「え、涼ちゃん俺の音楽に恋してるの?」
「うん、恋してるよ。次はどんな曲なんだろー、っていつもすごく恋焦がれてる。」
「えー、嬉しい。…俺、涼ちゃんにそう言ってもらえるのが一番嬉しいかも。」
「ホント?僕は普通に、元貴のファンだからね。」
「もうそれ以上言っても、何も出ないよ。」
「ダメ?デザート出てこない?」
クスクスと2人で笑った。その後、僕たちは明日を夢見て、それぞれの家で眠った。
メジャーデビューを果たしてから、元貴の楽曲制作のスピードは勢いを増し、CD制作にMV制作、さらにはそれらの楽曲を引っ提げてのツアーや対バンライブ、さらにはフェスなどへの参加も併せて、僕たちの生活は目まぐるしく変わった。
それでも、僕が元貴の生み出す楽曲を愛し、慈しみ、誰よりも近くで元貴の世界を楽しむファンである事は変わらなかった。
ある日、元貴から、新曲のデモが送られてきた。メールの題名には、『庶幾の唄』、本文には、『涼ちゃん』とだけ書かれていた。
いつものように、どんな曲かな、とワクワクしながらデモ音源のデータを開く。
軽快なリズムから始まり、イントロから聴こえてきたのは、可憐なメロディーを奏でる、フルートの音だった。
え、これ、これって…。
もしかして、僕の、フルート、ってこと…?
胸がドキドキと昂って、そのまま元貴の歌声に耳を傾ける。
明るく優しいメロディーが、柔らかな歌詞が、全てが僕に降り注ぐ。元貴からの『涼ちゃん』とだけ書かれたメッセージ。この曲は、まるで元貴から見た藤澤涼架だと、言ってもらえているように感じた。
『明日へと庶幾う唄』と元貴の声で唄われ、曲がそのまま心に届く。そして、心から暖かさが広がって、僕の中に、今までの元貴との想い出が次々と湧き上がってくる。
君と初めて話した時、金髪が似合うと言われて、僕はその通りにした。
その金髪で、君はまた僕を見つけてくれた。
バンドに誘われた時は、すごく嬉しかった。
君と一緒にキーボードを弾いて、心が輝いた。
自分はダメだと落ち込んだ時、君は僕を信じてくれた。
僕を必要だと、遠い地まで言いに来てくれた。
君が落ち込んだ時、僕に身体を預けてくれた。
強い元貴も、弱い元貴も、可愛い元貴も、かっこいい元貴も、イタズラな元貴も、素直な元貴も
僕は、元貴が、大好きなんだ。
気付けば、涙がこぼれていた。
次から次へと涙がこぼれ、僕の心からも、もう誤魔化しようがない程に、元貴への気持ちがあふれ出ていた。
元貴の曲に、元貴の歌に、恋焦がれていただけではなかった。本当はずっと気付いていた。気付かないフリをしていただけ。
僕はずっとずっと、元貴に恋をしていた。
だけど、気付きたくなかった。
元貴には、音楽だけだから。
僕のこのちっぽけで我儘な恋心は、元貴の心にこれっぽっちも入り込む隙間なんてない。
それに、僕は元貴にとって、お兄ちゃんなんだから。
こんなにも朗らかな曲が流れているのに、僕は机に突っ伏して、堰を切ったように泣いてしまった。
「この曲にはさ、若井と涼ちゃんのそれぞれでソロパート入れて欲しいんだ。」
ある日、同じアルバムの収録曲として、『愛情と矛先』という曲を手渡され、若井と僕は、ソロパートの制作を任された。
元貴のデモを元にしてアレンジを加えるのは今までもあったけど、一から自分で作るのは、初めてだった。
元貴に、信頼されている。そして同時に、期待もされている。嬉しくも身が引き締まる思いがして、僕はソロパート制作に没頭した。
「涼ちゃん、ここさ、俺らの掛け合いにしない?」
若井が、僕に提案してきた。掛け合い?若井と?…めちゃくちゃ楽しそうじゃん!
僕は、初ライブの日、いつか若井のギターに追いつきたいとそう願ったあの時を思い出し、こうやって若井に一緒にやろうと言われるまでに成長できたのだと、嬉しく思った。
「おんなじようなフレーズだけど、微妙に変えて…こんなんは?」
「わ、カッコいい!じゃあ…僕こーしてみようかな。」
「あ、いい、いい!俺も最後もっと上げてみようかな。」
「うわぁー、カッコいい〜!」
スタジオの隅で、二人であーだこーだ言いながら一緒に作り上げる時間は、本当に幸せだった。笑い合いながら話す僕たちを、遠くから元貴も誇らしげに見てくれている気がした。
「涼ちゃーーーん!」
元貴が、楽屋で僕に抱きついてきた。はいはい、と元貴の気が済むまで相手をする。
僕は元貴への恋心を隠しながらも、そばに居続けることを選んだ。
自分の気持ちを伝えたところで、元貴とミセスに迷惑がかかるだけ。それに、最悪の場合、僕はミセスにいられなくなるかもしれない。それは何よりも避けたいことだった。
それに、こうして、元貴は僕にこんなにも心を許してくれてる。それだけで、もう充分だと思えた。
この関係を、壊したくない。
しかし、そんな僕の希望とは裏腹に、ミセスに不穏な空気が流れ始めた。
ミセスの活動としては、かなり順調に進んでいるはずなのに、なんとなく、いつも元貴がピリピリしていて、時々過呼吸の様に、息をしにくくなっていた。
元貴は、音楽で自分が何者であるかを形造ることを追い求め、生き急いだ結果、心が疲れ切ってしまったのだ。
「みんな、ごめん。俺、休みたい…。」
あんなにも、誰よりも先を見据えて、そこに追いつくために走り続けていた元貴が、僕たちにそう吐露した時には、とっくに限界を迎えていた。
そして、僕たちがロマンチックだと言った7月8日に、僕たちは歩みを止める発表をした。
休止期間を、各々どの様に過ごすかは、僕たちに委ねられた。
若井は、海外のギタリストに付いて、技術向上のための留学を決意し、その準備にあたっていた。
僕も、キーボードのために、ピアノで留学をしよう、とスタッフさんといろいろ手配を始めていた。
ある日、元貴から連絡が入る。小さめのおしゃれなレストランを貸し切ったから集まる様に、と。 留学に行く僕たちへの、壮行会を開くということだった。
ミセスのメンバーと、スタッフさんたち数人で、壮行会を賑やかに終え、久しぶりに晴れやかな気持ちで会はお開きとなった。
それぞれにメンバーで抱きしめ合い、みんなのこの先がうまくいくことを願い合った。
帰り道、僕は元貴に、一緒に帰ろう、と声をかけて、並んで歩く。
「別にここまで送らなくてよかったのに。」
元貴の家の前まで来ると、元貴が眉を下げて笑った。
もうすぐ、僕は君のそばを離れなきゃならない。まだ少し不安はある。ミセスとして走り続けていた元貴の心が安定しているのかどうか。僕たちがそれぞれ元貴から離れて成長することの大切さもわかる。でも、彼を1人にしてしまわないか、それだけが心配だった。
だから、僕は、伝えることにした。元貴に、一番大切なことを。
「元貴。 」
「なに?」
「………僕、元貴が好きだよ。」
元貴が、目を丸くして、僕を見る。僕の真剣な表情で、いつもの冗談ではないことをすぐに察してくれた。
「ずっと、元貴が好きだった。だから、ここに、元貴を好きな僕を、置いていくよ。」
「え…?」
「僕は、元貴を好きな気持ちだけで、ここまでミセスをやってきた。だけど、留学をして、気持ちだけじゃなくて、ちゃんと実力を伴って、ミセスにいられるように、ミセスに必要なキーボーディストになりたいんだ。」
元貴は、黙って僕の話を聞いてくれる。
「僕の気持ちに応えて欲しいとか、関係を変えたいとか、そんな事じゃないんだ。僕のこの気持ちに、元貴の答えはいらない。だけど、元貴に知られないまま、元貴を好きな僕を勝手に置いていくのは、ちょっと寂しかったから。」
ごめんね、と謝る。結局、自分勝手に気持ちを伝えてしまったけど。ここで、僕の気持ちにも、ひとつ区切りがつくはずだから。
元貴は、しばらく僕を見つめていたが、静かに頷いた。
「………ちゃんと、ここに帰ってきてよね。」
それだけ言うと、元貴は僕にハグをした。僕も、元貴の背中に手を回し、ありがとう、とだけ言って、さよならをした。
ありがとう。これで、僕は、思い切り君から離れて、自分を強くできそうだ。
そう、思っていたのに。
無情にも、コロナ禍という、僕たちでは到底抗えない大きな波が、ミセスの希望の道を、ズタズタに引き裂いてしまったのだった。
あと数日で出発予定だった若井のギター留学は、全て白紙に戻ってしまった。
僕の留学も当然ながら、タカシや綾華の予定も、全てが世界の混乱と共に消え去った。
どうしよう、と頭を抱えているところに、最大の衝撃が僕たちを襲う。
「タカシと綾華が、脱退する。」
事務所の人からそう連絡が来た時、僕はその場に崩れ落ちてしまった。
会議室に集められた僕たちは、涙ながらに謝るタカシと綾華の話を、同じく涙を流しながら、受け入れるしかなかった。
2人が帰ったあと、僕たちは、スタッフさんを交えて、今後について話し合った。
「俺は、若井と涼ちゃんに一緒に住んで欲しいと思ってる。」
元貴のその言葉に、若井も僕も、困惑の色を見せた。
「この状況だし、バラバラに暮らしていたらいつ集まれなくなるかわからない。同居家族なら密にはあたらないし、今後も動きやすくなるでしょ。なにより、留学も何も無くなっちゃった今、2人の仲を深めることがミセスにとって一番大切だと思う。」
この3人で、やっていくしかない。僕と若井で、元貴を支えるしかない。それはわかる、わかるけど。
元貴は、僕と若井が2人で暮らしても、平気だということ、それを目の前に突きつけられた気がした。
あの、僕からの告白には、元貴の答えは要らないはずだった。だけど、これが、きっと元貴の答えなのだと、僕は悟った。
若井と2人で、同居を承諾しながら、心が引き裂かれそうに痛んでいた。
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今回の1人クイズ大会は難しい🤔(あくまで小ネタ勝負です笑)まさかちらし寿司…?許可を得たので毎回やってます🤣 そして宣言通りの高氏の出番の少なさとキラキラ青春からの急なラブコメ転換にちょっとクスッとなりました🤭それはさておき、💛ちゃんの恋の自覚と最後の気持ちにグッときました…次回からの気づけば拗れる恋模様が楽しみです🫶
今日は2話も更新、ありがとうございます🥹✨ マスオ時代好きですし、♥️くんのことを好きと気付いた気持ちがすごく丁寧に書いて下さってて、沁みました🫶 いよいよ、同居期間ですね🤭 楽しみです💕
あとがき いや急にスピード感エグぅ〜! いかに、私がトロトロスピードにイライラしたかがバレるかの様な、早回し感💦 だって、マスオ時代の1年間で、7話引っ張ってますからね笑 タカシとの5年間、2話…😇 話作るの下手すぎて笑えます🤭 でも、8話にきてようやっと!告白しました!疲れた!笑 ここからも、なんだかんだと恋がゴチャつきます🙃 むしろ、ここからがやっとラブコメかもしれません🤣