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翌日、6月16日
いつも通り店へ出勤し、開店準備中をしているとモニターに表示されたニュースに俺は目を剥いた。
< 【NEWS】卑劣な犯行未然に防ぐ。ファッションブランド『ヒビカセ』のチーフデザイナー、合コンでの後輩の暴走を止め警察へ。
強制わいせつ未遂容疑で逮捕>
というアナウンサーの声の後
画面上に逮捕された2人の写真が映し出された。
<昨夜、新宿東口の居酒屋で起こった事件が、SNSを中心に大きな波紋を呼んでいます
人気ファッションブランド『ヒビカセ』の社員2名が、合コンに参加していたりの男性に薬物を混入した酒を飲ませようとしたとして、視庁に逮捕されました
警視庁の発表によりますと、逮捕されたのは
『ヒビカセ』の米田拓人容疑者と今井和寿容疑者。
両容疑者は昨日午後6時から7時50分頃
「鶏の宴」で行われた合コンの席で、同席していた Ωに対し、発情誘発作用のある薬物を混入した酒を強要しようとした模様。
被害に遭いかけたのは、ハイパーΩと呼ばれる特性を持つ男性(20代後半)。
同じく合コンに参加していた『ヒビカセ』のチーフデザイナーである男性(30代後半)が、2人の不審な行動に気づき、事態は未然に防がれました。
警視庁の調べに対し、米田容疑者らは容疑を一部否認しているとのことです。
チーフデザイナーの男性は「LINEでのやり取りで異変に気づき、急いで駆けつけた」と話しています。
人気ブランドの社員による卑劣な犯行。視庁は、余罪についても視野に入れ、捜査を進める方針です。>
その内容に「は…?」と思わず声が出た。
その写真には見覚えがあった。
昨日合コンで向かいに座っていた赤髪のチャラい男と金髪の男。
(ヒビカセって……うそ)
気になっていてもたってもいられず、エプロンのポケットにしまっていたスマホを取り出す。
パパっとGoogleで『ヒビカセ 合コン』と検索をかけると、すぐ上にまとめ記事が出てきた。
〝【速報】新宿の合コンで、ファッションブランド『ヒビカセ』の社員が、同席の2男性に発情誘発剤入りの酒を飲ませようとしたとして逮捕。チーフデザイナーが機転を利かせ…〟
と見切りの文章が。
動揺を隠せずにいると、またすぐにテレビに速報が入る。
俺は絶句し
咄嗟にリモコンを手に取ってテレビの電源を落とした。
(朝から嫌なもの見た…もしかしたら俺、またあのときみたいになってたってこと……だよね)
そう考えただけでも背筋が凍る思いだった。
しかしニュース記事をよく見てみると
『【Yahoo!ニュース】ブランドの信頼を守ったのはこの男。ファッションブランド『ヒビカセ」のチーフデザイナー・犬飼仁(37歳) 合コンでの後輩の犯罪を許さず。その誠実な行動に称賛の声。』
というのを見つけ、タップして概要を覗いてみる。
(これ…チーフデザイナーの実名出ちゃってるけど、犬飼さんのこと、だよね…?)
サイトに飛んで文面を読んでいくと、コメント欄に不特定多数の様々な感想コメントが流れていた。
●hid******* 5分前
<未遂と言えど後輩の犯した罪をきちんと咎めるって、なかなかできることじゃない。犬飼さんの勇気ある行動に頭が下がります。
●tak******* 12分前
< ヒビカセというブランドが好きになりました。 チーフデザイナーの犬さんの人となりが、ブランドの価値を高めているんですね。
●gak******* 35分前
< 後輩のこと甘やかさない姿勢、マジでかっこいい。社会の厳しさ教えてくれてる。
●psk******* 40分前
< 後輩ヤバすぎ……からの仁さんマジかっけえ。惚れる。
●pct******* 54分前
<信頼って積み重ねていくのは大変だけど、崩れるのは一瞬。犬飼さんがそれを理解して行動した結果でしょうね。素晴らしい!
●krt******* 3時間前
< チーフイケメンじゃん
●pct******* 3時間前
<いや、私Ωだからはっきり言うけど後輩共マジクズ野郎だわ
●kto******* 4時間前
< こういうαが増えれば2も生きやすいんだろうな
どれも犬飼さんの行動を称賛するものばかりだったが、スクロールしていくと
『まずΩ危機感なくない?』
『ハイパーΩなら尚更。自衛しろ』
という批判のコメントもチラホラ見受けられ、背けるようにサイトを閉じた。
そんなとき
スマホから着信音が鳴り響き、画面を見ると健司からの電話だった。
「も、もしもし」とスマホを耳に当てて出ると
『おい楓!あのニュース見たかよ?!ハイパーΩって、絶対お前のことだよな……?』
と焦った様子の健司の声が聞こえた。
「あぁ……うん、そうみたい」
「マジで悪い、俺が酔ってお前がハイパーΩだってことさえバラさなきゃこうはならなかったよな」
柄にもなく心配してくれているようだったので
「大丈夫だって、犬飼さんが咄嗟に助けてくれたし」
と言うと健司は安心したのか
ホッとしたような声で「ならよかったわ」と帰ってきた。
わざわざ心配してかけてきてくれたんだなと思って短い通話はすぐに終了した。
なんにしろ、知らない間にあの場で俺は犬飼さんに助けられていたのは事実だ。
「お礼、言わないと」
そう呟いて、俺はスマホの電源を落として開店準備を再開した。
◆◇◆◇
夕方───…
いつもなら、もうすぐ犬飼さんが来るころだ
今日も来てくれるといいな、と思いながら俺は接客に回っていた。
すると、最近よく店に来てくれる
近場の大学に通う大学2年生の山田大輝くんの姿が目に入った。
大輝くんは、店の入り口で少し戸惑った様子で立っていて
リュックを抱え、いつものように少し俯き加減だった。
「大輝くん!いらっしゃい」
「あ…おはようございます、楓さん…」
声を掛けると、大輝くんはいつもの調子で挨拶を返してくれる。
しかし目は中々合わない。
「どうかした?そんなところで突っ立って」
そう言うと、大輝くんは
「は、はい…」と少し照れたように頭をかきながら
店内に入ってきて、キョロキョロとあたりの花を見渡している。
「なにか花探してる?言ってくれたら案内するよ」
そう言うと、彼は自なさげな声で呟いた。
「そっ、その……明るい気分になれる花とか…無い、ですか」
どこか沈鬱な面持ちの彼に、何かあったのかと心配になり
「うん、もちろんあるよ。こっちおいで?」
と言って、今の季節には定番のヒマワリのコーナーまで案内した。
「大輝くん、ヒマワリ好き?」
振り返って尋ねると
「え……あ、はい。好きです」
と返ってきたのて、俺はその花を手に取りながら
「じゃあこれとかどうかな?綺麗でしょ」
そう言うと大輝くんの顔が少し明るくなった気がした。
(よかった。ちょっとは元気出たかな……?)
そんなことを考えていると、大輝くんは
「向日葵いいですよね…花宮さんに、似てるし」
呟くように言うので
俺は思わず「へ?」と聞き返してしまった。
「いや、あの……な、なんでもないです」
目を逸らした大輝くんに俺が疑問符を浮かべていると
後ろから聞き覚えのあるハスキーボイスがして
俺は即座に振り返った。
案の定そこには仕事帰りか、昨日ぶりの犬さんがいて。
「あっ、犬飼さん…!」
飛びつくように名前を発して
大輝くんに「ごめん大輝くん!気に入ったのあったらまた声掛けてね」と言ってから
その場を離れて犬飼さんの元に行くと
「昨日ぶりです」
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