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帰り道、車は静かだった。ラジオも切って、エンジン音だけが一定に続く。
助手席を見ると、涼ちゃんはシートに身を預けて眠っていた。
窓に寄りかかって、呼吸は規則正しい。
若井は、何度か横目で確認してから、
小さく息を吐く。
「……寝てていいよ」
もちろん、返事はない。
信号で止まった瞬間、
若井はハンドルを握ったまま、ぽつりと言った。
「体調悪いのに……」
「連れ出しちゃって、ごめんね」
誰にも届かない声。
車内に吸い込まれて消える。
少し間を置いて、また独り言みたいに続ける。
「……俺さ」
「たぶん、ずっと前から」
言いかけて、止まる。
視線は前。
でも、意識は隣にある。
「好きなんだと思う」
「涼ちゃんのこと」
言葉にした瞬間、
胸の奥が少し苦しくなる。
「でも、片思いでいい」
「というか……片思いじゃないと、だめなんだと思う」
自嘲気味に、ほんの少し笑う。
「俺が戻ったらさ」
「また、元貴のとこ行くんだろ」
涼ちゃんは眠ったまま、
何も知らない。
「それでもいいから」
若井は、声をさらに落とす。
「生きててくれれば」
青に変わった信号。
車は、また走り出す。
若井は、これ以上言葉を零さない。
零したら、きっと戻れなくなるから。
助手席では、涼ちゃんが小さく身じろぎをした。
聞こえていないはずの独り言を、
夢のどこかでなぞるみたいに。
車内には、
二人分の気持ちと、
一人分の秘密だけが残っていた。