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霧の深い境界の森。天と魔の世界がぼんやりと溶け合うその場所に、ラファエルは静かに足を踏み入れた。
空気はひんやりとしていて、言葉にできない重みが漂っている。
彼女の穏やかな瞳が、薄暗がりの中で揺れる。
黒い影が霧と同時に揺らいでいた。
アスモデウス。
その瞳は深淵のように静かで、しかし確かに何かを掴み取ろうとする鋭さを宿していた。
二人は互いに身を動かさず、ただじっと見つめ合う。
敵意はなく、けれど言葉のない緊張が辺りを満たしていた。
ラファエルの胸の奥で、鼓動がわずかに早まる。
彼女の目は、彼の瞳にゆっくりと引き込まれていった。
時間が、音が、すべてが静止したかのように、二人の間に確かな何かが芽生えたのだった。
霧の中、言葉は交わされなかった。
ただ、視線が互いの存在を静かに確かめ合う。
ラファエルの胸の奥に、知らず知らずのうちに小さな波紋が広がっていた。
使命でも義務でもない、けれど無視できない感覚。
それは好奇心にも似ていたし、ほんのわずかな戸惑いにも。
アスモデウスもまた、彼女の穏やかな瞳に心が揺れていた。
敵対すべき相手としてではなく、ただ一人の「誰か」として見つめていた。
それが何なのか、まだ彼自身も理解できなかった。
霧は徐々に薄れ、差す光が二人の影をかすかに揺らす。
互いの距離は近づきすぎず、遠すぎず。
ラファエルは小さく息を吐き、視線をそらす。
「なぜ、こんな場所で――」
言葉はそこで止まった。
アスモデウスはわずかに微笑み、ゆっくりと一歩近づいた。
「偶然か、それとも運命か」
その言葉は、まだはっきりと形にならない感情の幕開けを告げていた。