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ーーあれは不思議な夜だった。
僕はこの世に生まれ落ちてからの記憶が、鮮明に残っている。
一人の女性が僕を覗き込む。
すぐに理解した。
アナタは僕の母上ですね?
アナタのお腹の中で、ずっと声を聞いていた気がする。
はじめまして母上、僕を産んでくれてありがとう。
僕は周りを見回した。
屈強で頼もしそうな家臣達。
でも何故だろう?
母上を含め、皆怪訝そうな表情をしているのは?
『ああ……。なんて事……』
なんて事って、なんだろう?
僕は何かおかしかったのかな?
何か奥の方から足音が聞こえてくる。
『無事に生まれたのだな』
誰かの足音が近づいて来る。
『はっ、それが……御子息は既に眼が開いておりまする』
『ほう? それは頼もしい。才気を感じるではないか』
誰かが入ってきた。
この人は父上だ。
『こ、これは……』
父上も僕を見て怪訝そうな顔をする。
皆どうしたというのだろう?
『異質な髪色に異質な眼色……。これは文献に記された、人であって人で無き存在、特異点……』
特異点?
何だろうそれは?
人で無い存在って。僕は人ですよ父上?
『まさか、こんな事が……』
『文献によりますと、特異点は人知を超えた者。そのあまりに危険な力は、この世に存在してはならぬ存在で有ると、そう記されております……』
皆の言っている意味が分からないなぁ……。
僕にそんな力は無いよ?
僕が普通であるって事を見せなきゃーー
『当主様、如何なさいましょうか? 危険とはいえ、御子息の特異点としての力は、いずれ我々の大きな力になるやもしれません』
『う……む。そうだな……』
父上、母上と声に出すだけでいいんだ。
だからーー
『チチウエ、ハハウエ』
言えた。なんとか言葉を声にする事が出来たよ。
『なんと!?』
『信じられん……』
『産声ではなく、言葉を発するとは……』
頑張ったよ僕。
父上、僕を褒めてください。
母上、僕を抱きしめてください。
『当主様……』
『………鬼籍に入れよ』
鬼籍って何だろう?
父上、僕を褒めてくれるんじゃないの?
『殺せ……と?』
殺す?
それってどういう意味だろう?
決して良い事じゃない気がした。
『そうだ。この異質さ、いずれ我等に厄災をもたらしかねん』
父上……何を言っているのですか?
『そうなる前にーー殺すのだ』
※周りの空気が張り詰める。
誰も声を出せなかった。
静寂の中、母親が声を上げる。
『当主様! それはあまりにこの子が不憫でございます……』
母上、母上は僕の味方をしてくれるんですね?
『どうか、どうか一命だけはお助け頂ける様、お願い致します……』
※静寂な月明かりが照らされた夜。その想いは皆一緒であった。
※特異点とはいえ、生まれたばかりの赤子を殺させたくない。
※本来なら次期当主となる為、生まれて来たのだから。
『では、この子は地下回廊でのみ生存する事を許可する』
どうやら生きていく事を許されたみたい。
良かったのかな?
『生まれた赤子は死産という事にする。この事は此処に居る者達だけの心の内に留め、決して口外せぬ様』
※この赤子は死産として、この世に存在しない者として、地下で生きていく事となる。
ーーその日、九夜の里に白く冷たい雪が降った。
きらきらと光る雪が月明かりに照らされて、里を白く染めていった日の事。
生まれたばかりの赤子が存在を抹消された日の事。
そんな、冷たく寒い夜の事ーー
…