「ダメッ! 私には出来ないっ!!」
放課後の体育館。下校時間も過ぎて|人気《ひとけ》の無くなった舞台の上で一人、セパレートのトレーニングウェアを身に着けた|佐藤千菜乃《さとうちなの》は悔しさを滲ませ膝を着いた。
一ヶ月後に迫った、高校生ダンスコンテスト。彼女の所属するチーム『フラッシュ・ガールズ』はこのコンテストに向けて連日特訓に励んでいた。
しかし、自分のソロパートで躓き、他のメンバーが帰った後も密かに練習を続けていた千菜乃。
だが、その自主練習にまったくの成果が見えずに焦り、そして自身の不甲斐なさに強く唇を噛み締めた。
受験を控えた彼女達にとって、今回のコンテストは最後のコンテスト――フラッシュ・ガールズとしての最後の舞台。
このままでは、私がみんなの足を引っ張ってしまう……
そう考えれば考えるほど、身体が思うように動いてくれないのだ。
照明の落ちた体育館に、半照明の薄暗い|舞台《ステージ》。
悔しさに溢れた涙で、視界を滲ませる千菜乃。
そして、その涙が頬をつたい舞台の床に落ちると同時に、丸めた背中にふわりと上着がかけられた。
「千菜乃ちゃん、風引くよ」
「は、萩原くんっ!?」
振り向いた千菜乃の瞳に飛び込んで来たのは、優しい微笑みを浮かべた同級生、|萩原充流《はぎわらみつる》の姿。
中腰で千菜乃の顔を覗き込む充流――
その優しい笑顔に、千菜乃の涙は一気に崩壊した。
「萩原くんっ! 私っ、私ねっ! みんなのお荷物になりたくないの。みんなに泣いて欲しくないの……でも、でもね……ダメなの……出来ないの……」
充流にすがり付くようにして、子供みたいに泣きじゃくる千菜乃。溢れる涙と反比例するように、トーンの下がっていく声――
充流は彼女と視線を合わせるように片膝を着くと、涙に濡れる顔を自分の胸に抱きしめた。
「大丈夫――大丈夫だよ、千菜乃ちゃん。千菜乃ちゃんは一人じゃない、チームのメンバーが付いているし、みんな千菜乃ちゃんを応援してるから。きっと出来るようになるよ」
ゆっくりと頭を撫でながら、優しく語りかける充流の声。その声に千菜乃はゆっくりと顔を上げた。
「萩原くんは……?」
「え?」
「萩原くんも――応援してくれるの?」
涙に濡れた頬を赤らめさせて問う千菜乃。そして、その問いにやはり頬を紅潮させる充流。
しかし、その不安の色を浮かべる瞳から視線を逸らす事なく、充流はハッキリと言い切った。
「当たり前だろ、応援してる」
間近で交わる視線、お互いの吐息が届く距離で見つめ合う二人――
「萩原くん……」
「千菜乃ちゃん……」
ゆっくりと閉じられる千菜乃の瞳。
それが合図だったかのように、距離を詰めていく互いの唇――
そして、二つの吐息が交わり一つになっていく……
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