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「良かったんですか、雫先輩? アイツをそのままにしてきて、きっと今頃……」
「そうかもしれない、でももう私も限界だもの。今の勢いだけで突撃したとしても、きっとすぐに後悔するでしょうし」
三人が仲良く家に入っていく写真は撮ったが、まだ十分な証拠とは言えないだろう。相手の女性の自宅が分かったからには、これから色々調べることも可能だと思うし。
それに岳紘さんと女性がいつからそういう関係になったのかもきちんと知っておきたいと思ってる。もし私と結婚する前から想い合っていたのなら、何故親に反抗してでも私との結婚を拒否しなかった?
いくら親同士の付き合いがあると言っても、そこまでする必要などない筈だから。
そんなことを考えていると、スマホの着信メロディーが流れてきた。鞄からスマホを取り出しディスプレイを確認すると……
「ごめん、奥野君。岳紘さんのお母さんからだわ、ちょっと黙っててもらっていい?」
「ええ、大丈夫ですよ。出てください」
奥野君はこちらの会話を聞かないように気を使ってくれたのか、お手洗いの方へと向かっていく。それを確認してからスマホの画面を指で操作し、お義母さんとの通話を始めた。
「……もしもし、雫です。どうかしましたか、お義母さん」
『久しぶり、雫さん! 今日ね、貴女の病院に行ったら早退したって聞いてね。もしかして具合でも悪いのかと思って電話してみたんだけど』
運が悪い、どうして今日に限って職場の方にお義母さんが来てしまったのか。普段の彼女のかかりつけは全く逆方向で、滅多にうちの病院に診察を受けに来ることなんてないのに。
そんなことを義母に言ってしまう訳にもいかず、何か上手く誤魔化せる言い訳を急いで考える。
「そうだったんですね。今日は午後から知人と会う約束をしてたので、今は別の駅に来てるんです」
『あら、そうだったのね? どこの駅にいるのかしら、雫さんに渡したいものがあって来たのよ』
ああ、どうして今日なのだろう? 今いる場所を義母に伝えることは、私が岳紘さんの浮気の証拠を集めていることを自らバラしてしまうようなものだ。
このままこの場所にいるのもマズいと思って、慌てて喫茶店から出ようとしたのだが……
「すみません、○○駅までタクシーをお願い出来ますか?」
入り口近くのカウンターに座っていた中年の女性が、大きな声で店のスタッフにそう話しかけてしまって。持っていたスマホから、その声が義母にまで聞こえてしまったらしく。
『……○○駅? 雫さん、ねえ貴女……どうしてそんな場所に? ああ、そうだったわ! ごめんなさい、私は急用を思い出したからまた今度かけるわね』
「え? あの、お義母さん?」
急に切られた電話。私はわけが分からなくてしばらくスマホを見ていたが、心配して様子を見に来た奥野君に言われて先ほどまで座っていた席に戻ったのだった。
「さっきの電話、もしかしてアイツの母親からですか?」
「ええ、何か渡したいと言ってたんだけど急に用が出来たからって切られちゃったわ」
義母は急用を思い出したと言っていたが、明らかに不自然だった。私のいる駅名を聞いて急に慌てていたような気がする、それってもしかして……
もしも、もしもだけれど。岳紘さんの浮気相手についてお義母さんも知っていたとすれば、あの反応もおかしくない気がする。私が浮気相手の家に乗り込まないかと、岳紘さんに慌てて伝えている可能性だってある。
それなら、なるべく急いでここから離れた方が良いのかもしれない。義母から聞いた岳紘さんが駅周辺を確認しに来ないとは限らないから。
「私、今日はもう帰るわ。せっかくこんな事にまで付き合ってくれたのに、ごめんなさい」
「いいえ、雫先輩に一人でこんな事をやらせるよりはずっと良いです。何度だっていいから、また俺を頼ってくださいね」
奥野君は先に帰ると言った私を駅まで送ってくれたが、この日はそのまま別れた。一人での帰り道、頭に浮かぶのは私達よりずっと自然な家族に見えるあの三人の姿。
自分が岳紘さんの妻のはずなのに、あの光景を思い出すたびに間違った存在なのは己のような気がして。
「私が、身を引けばきっと丸く収まるんでしょうね……」
そうするべきなのかもしれない、でも心は嫌だと涙を流しているみたいで。どうするべきなのか、答えをまだ見つけられないまま家の玄関の扉を開けた。
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