「外で仕事が終わるの待ってる。近くにいるから終わったら連絡して」
「わかった」
営業中はやはり立ち入った話ができるわけでもなく、岩本はテーブルについてくれた翔太にそう耳打ちすると、一足先に店を出た。
酔い醒ましに近くをあてどなく散歩する。
繁華街の外れ。
先日、亮平と喧嘩別れしたファミレスの近くまで来ると、ガラの悪い男たち数人がたむろしていた。
年は亮平より上で高校生くらいだろうか?体格もいい。みんな判を押したように、髪を染めていたり、着崩しただらしない服装をしていた。周囲を常に睨んで威嚇している、危なっかしい不良少年たちだ。時刻は深夜を既に回っている。こんな時間に未成年の子供たちがいて、親御さんたちは心配しないのだろうか?
岩本はそう思いながら、すぐ横を目を合わせないようにして、通り過ぎた。関わり合いになるべきではなさそうだ。
亮平が真面目な子で良かったと、岩本は思う。
あれから東京に帰っても、亮平と同じ年頃の子供たちを見掛けては、何かにつけ、亮平と比較するようになった。
自分の息子はもっと可愛いぞ、自分の息子はもっと賢いぞ。翔太にねだって、会えないでいた期間の写真をいくつか送ってもらった。
亮平が赤ちゃんの頃から、つい最近撮ったものまで。どれも可愛くて、どれも自分が父親であることが誇らしかった。まるで心の奥底から亮平への父性愛が湧いてくるようだ。この愛しい、という気持ちは翔太を想う気持ちとはまた少し違っていて、やはり岩本は、亮平の父親になりたいと思った。今からでも彼を思う存分愛してやりたい。
突き当りの道を右折して、目についた公園の敷地内に入る。
繁華街近くの公園でもあり、街灯があちこちにあるおかげか、公園内はそこまで暗くなかった。アルコールで火照った身体には夜の冷気が心地いい。ベンチに座り、途中で買い求めたミネラルウォーターを飲みながら頭を冷やす。
亮平と話がしたいが、明日、放課後にいきなり学校を訪ねるのは流石にやりすぎだろうか?
しかし、二人が肩を寄せ合って暮らすアパートをアポなしで訪ねるのも気が引けた。
翔太に言って、なんとか会う機会を作ってもらわなくては。
都会よりよく見える星空を、眺めるでもなく眺め、岩本は物思いに耽って、翔太を待ち続けた。
「ただいま」
翔太の店を出た後、居酒屋で一人酒を飲んだ宮舘が家に帰ると、家の中は真っ暗だった。
流しは使われた形跡がない。
冷蔵庫に夕飯の支度はしておいたはずだが、と、中を点検すると、手つかずで朝用意した夕飯のおかずがそのまま残っていた。
二階に上がり、辰哉の部屋のドアをノックするが、返事はない。もう寝てしまったのだろう。時刻は12時を回っている。
(ま、玄関に靴は脱いであったし、外で食事を済ませたのかもしれない…)
宮舘は居間に戻り、冷蔵庫からビールを取り出して、また飲み始めた。今夜はなぜか、いくら飲んでも酔えない。
翌日も朝から仕事だけれど、客先を直で回る予定なので出社は遅め。翔太と夜を過ごしたかったが、今、それを言っても仕方がない。
「照か」
ビールがいつもより苦い気がして、顔を顰めた。時間を戻すことができるのなら、高校時代に戻って、照のことを相談してきた翔太に素直に自分の気持ちを伝えたい。 そんなありもしない妄想は、宮舘のこれまでの人生の中で幾度も繰り返されてきた。
その妄想と後悔とが胸の中でようやく落ち着いたかと思われる頃、宮舘は現在の妻と結婚した。
彼の妻は可愛らしい女性だし、翔太にはない優しさや柔らかさを持っていた。宮舘のどん底の時期を支えたのは間違いなく彼女で、彼女への愛情は今も少しも揺らいではいない。もう少しで、血を分けた妻との娘も産まれる。二階で眠る息子も、血こそ繋がっていないが、根はとても良い子だというのはこれまで一緒に暮らしてよくわかっていた。
宮舘は、その日何度目かのため息を吐いた。
今さら後悔したって、始まらない。
岩本照の登場は、宮舘をもとの道へ戻すために起こるべくして起きた出来事なのだろう。
「翔太、ごめんな」
愛しい人の名を呼ぶ。
その声は、深夜の誰もいないリビングで、聞く者もなく、哀しげにただ虚しく響いた。
「照。結構待ったか?」
「全然。それより」
岩本は急ぎ足で近づいてきた翔太の顔に見惚れていた。
今夜は月も綺麗で、彼の白い肌が月に映えて、より一層綺麗に見える。立ち上がり、その柔らかい頬に手をあて、岩本はそっと囁いた。
「やっぱり翔太は綺麗だね」
「……もう」
接近してきた岩本の顔を躱すと、翔太は先に立って歩き出した。
それからつかず離れずの距離で、夜道を二人並んで歩く。
「舘さんと再会してたんだね、俺より先に」
「まあ。偶然」
「…ちょっと妬けるな」
「何でだよ?」
「だって、いつも二人は俺より早く出会う。今回もそう。いつもいつも俺だけ出遅れる」
「バカ。そんなの競争じゃないだろう?」
岩本と歩きながら翔太が考えていたのは、宮舘のことだった。
遅かれ早かれ、岩本には宮舘との関係を打ち明けなければならない。
翔太本人にしても、それはあまり気が進むことではなかった。 岩本はきっと悲しむだろうし、亮平にもいずれ説明しなくてはいけないだろう。自分にはもう恋人がいて、岩本とよりを戻す可能性はないのだと。
宮舘は会うと、時折、翔太に甘い誘惑をした。一緒に暮らしたい、とか。結婚したい、とか。すぐに実現することはできない夢のような事柄ばかりだが、いずれは、と翔太の心に、そんな未来予想図が描かれないわけでもなかった。亮平が巣立った後で、もし、自分の幸せを追うことができたのなら…。
「それにしても、舘さんも親になるなんて、めでたいよな」
「………?」
翔太は聞き間違いかと顔を上げた。
「聞いてない?舘さんの奥さん、おめでたなんだって。今は息子さんと二人暮らししてるらしいよ」
……自分は妊娠していない。
亮平のことがあって以来、無計画に子供ができるようなことは避けてきたつもりだ。息を呑みながら、岩本の次の言葉に耳を傾けると、夜空を見上げながら、のんびりと岩本は言った。
「俺たち、もうそんな年なんだな」
「……うん」
岩本は、不意に、翔太の腕を掴み、その華奢な身体を引き止めると真剣な目を向けて言った。
「舘さんを見習って、俺も亮平のこときちんとしたい。ちゃんと父親の責任を果たしたいんだ。頼むから亮平ともう一度会わせてくれない?」
真摯に翔太を見つめる岩本の言葉を、どこか遠くに聞きながら、話された宮舘の真実に、翔太の心は搔き乱されていた。
コメント
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おおぉ、これ読み飛ばしてたらとんでもないことになるとこだった。 ❤️がだめならじゃあ💛に、とはならんよな。幸せはいつ来るのか…🥺

