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「……すご」
「何回もきてるじゃないですか。慣れて下さいよ。ここって、こういう所なんですって」
いつ来ても慣れない。
何度か、ゆず君の家にお邪魔しているけれど、エントランスから高級感溢れているし、カードキーなんて俺には一生無縁、ホテルに泊まりに行くときぐらいにしか使わないだろうなっていうもので、ロックを解除する。この間ゆず君の家に来たのは、二週間前だったかな。残酷に過ぎていく時の流れに取り残されて、俺はゆず君の部屋に入る。
「あーちょっと、足の踏み場無いかもですけど」
と、ゆず君の言葉を聞いて、まさか……と部屋に入れば、それはもう酷い散らかりようだった。どうして、二週間でこうなるんだっていうくらい、そこら中にゴミと、服が散らばっている。というか、一番驚いたのは、あの紺色のジャージが何着か転がっていたこと。あれは、愛用してきているんだっていうのを知って、もしかしてゆず君ってファッションセンス無い? と新たな事実に気づいてしまった。
昔の雑誌をあさって、モデルの仕事を何回か受けたことがあったゆず君の写真を見ると、どれもおしゃれて、彼にあう、あざと可愛い服から、格好いい服まで着こなしていて、こういう服を普段着ているのかなあ何て思ったけど、蓋を開ければクソダサジャージしか着ないだらしない男の子だった。ゆず君は楽だから、何て言うけれど、その顔面が勿体なくなるくらいのジャージを着ているので、もう言葉も何もでない。
「あはは~あの、紡さん、『お願い』して良いですか?」
「……される前から、するって決めてたんだけど。でも、ゆず君もちゃんとやるんだよ?」
「はーい、手伝いまーす」
「返事だけ良くてもダメだからね」
返事だけはいっちょ前で、すっごく良い返事をしてくれる。でも、分かっている。ゆず君は、返事だけ良くて、大体後は俺に任せてるってことも。全部知ってて、それでも、ゆず君の可愛さに負けて俺が全部やる羽目になるんだけど。
(あれ、でも今……俺)
まずは服から、と拾い始めると、ふと、いつもとは違う感覚になっていることに気がついた。違う感覚というか、『お願い』されたのに、俺は、勝手に身体が動かなかったというか、その『お願い』を『お願い』のまま聞き入れなかったというか。初めての不思議な感覚だった。脳に、直接命令が来る感じもなくて。
ゆず君と関わって何か変わった? と、彼のほうを振返る。ゆず君は、大きなゴミ袋を持って「プラ? いや、全部一緒で良いか」なんて、滅茶苦茶雑に、プラも燃えるゴミも一緒にゴミ袋に突っ込んでいた。
(いや、気のせい……か)
はじめからお願いされるって分かっていたから、身体に無理に命令を出す必要ないと思ったのかも知れない。だから、紛れだと、気のせいだと思うことにして、俺は、拾いあげた大量の服を脱衣所まで持っていく。ゆず君は、洗わないくせに、毎日服を変えているようで、かなりの量になってしまう、一日で全部乾くか心配だけど、選択するしかないと、洗剤を入れて、そのままボタンを押す。これで、服に関しては問題ないだろう。
「紡さーん終わりました」
と、リビングの方から声が聞えて消え、俺は、戻ることにした。
確かに、ゴミは全部片付けられ、大きな袋の中に入っていた。だが、ただ入れただけ。これでは、返品されてしまう。
「ゆず君、こういうのはね、プラゴミと、燃えるゴミに分別するんだよ」
「えーなんか、面倒くさいですね。一緒で良いのに」
「うーん、まあ、そう思うけど。分別してリサイクルできるものとかあるから、そういう決まりがあるっていうか」
「じゃあ、あとは、紡さんに任せますね! 僕、どれがプラゴミで、燃えるゴミか分からないので! じゃ!」
何て言って、ゆず君は何処かに行ってしまった。部屋が多いため、何処に行ったのかは分からないし、何をしに言ったのかも分からない。でも、ゆず君は映画の撮影があるから、台本とか読んでるのかなあとも思った。現場であまり台本を見ないってことは、家で読み込んでいるってことだろうから。
ゆず君がいなくなって静かになった、リビングで、俺は、ゆず君が分別せずに入れたゴミを仕分けていた。もう一度、固く結ばれた服を開いて一から分別し直す。これでは、倍の時間がかかってしまい、あまり意味ないのでは無いかと思った。
今度からは、ゆず君に衣類の方を任せようと思った。あっちなら、ただ洗濯機にぶち込むだけだし。
「うーん、でもゆず君洗剤の量とか分かってるかなあ」
ゆず君には、俺がついていなきゃダメだって思わされるほど、生活力が無かった。よくここまで生きてこられたなって思うくらい、彼がだらしない人間だということを知ってしまう。あの、あざと可愛い俳優祈夜柚の私生活は、公開しない方がいいと思えるくらいに。
「……冷蔵庫、空じゃん。はあ、買いだしいってこよう」
ぱかっと開けた冷蔵庫の中には、消費期限がいつかも分からない腐ったキャベツだけが入っていた。