第19話:もうひとりのユイナ
誰もいない、夕闇の教室。
机も椅子もひっくり返っておらず、風一つ吹かない。
ただ、黒板の前に“もうひとりのユイナ”が立っていた。
彼女は、ユイナとまったく同じ顔。
髪の長さも制服も同じ。
だが、その表情には“濁った微笑み”が浮かんでいる。
マスクは、白のノイズ仮面。
表面にデータのような“破損した思考ログ”が走っており、口元だけが裂けたように笑っていた。
「久しぶりだね、“私”。私を捨てたあの日、忘れたと思ってた?」
ユイナは言葉を失う。
「……それって、“私が演じてた顔”?」
偽ユイナは軽く頷き、手を差し出す。
「優等生のフリをした顔。
感情を抑えて“平気なふり”をしてた顔。
“期待されてるから”って笑ってた顔。
――その全部、私が代わりに演じてたんだよ」
瞬間、偽ユイナの背後に仮面データの触手が浮かぶ。
戦闘開始。
偽ユイナは、《ミラーリンク》スキルを使い、
ユイナの過去行動を読み取って“反対のパターン”を叩き込んでくる。
攻撃:反撃型・感情読破
回避:空間読み反転型
防御:感情干渉型ミラー障壁
つまり、“本当の自分”を知っているがゆえに、何もかもを封じてくる。
ユイナは苦戦しながらも、記憶の仮面《シン》を起動。
「……いいよ。受け取る。あんたは――私の一部だったんだもんね」
蒼白い紋章が浮かび、
ユイナの身体の内側に眠っていた“未処理の感情”が解放されていく。
胸が締めつけられる。
“あの時、本当は泣きたかった”
“怒りたかった”
“誰かに助けてって言いたかった”――
その痛みごと、彼女は拳に込めて走った。
「全部、演じてた。
でもそれは、逃げじゃない。誰かを守るために、演じてた“私”なんだ!」
ユイナの拳が、ミラー障壁を砕く。
連撃。飛び蹴り。後方回転からのサイトスラスト。
最後に、ユイナはマスクを外し――素顔のまま、偽ユイナに抱きついた。
「ごめん。ありがとう。私の代わりに、笑ってくれて」
その瞬間、偽ユイナの仮面が静かに割れ、光の粒となって空に消えていく。
静寂の中、黒板の文字が書き換えられる。
> 「本当の私で、生きる」
ユイナは立ち尽くしていた。
けれどその顔には、今までで一番まっすぐな目が宿っていた。
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