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#正体バレ
#再会
第23話 近づく足音
建物の影に身を寄せたまま、
ひよりは陽の袖を掴んで震えていた。
佐伯の姿は遠くにある。
けれど、ひよりの胸の奥では、
さっき思い出した記憶がまだ疼いていた。
陽はひよりの肩に手を置き、
落ち着かせるようにゆっくりと呼吸を合わせてくれる。
「……ひより、大丈夫。
ここは見えないから」
その声は低くて、
ひよりの混乱を吸い取るように優しかった。
ひよりは小さく頷いた。
でも、指先の震えは止まらない。
陽はひよりの手を包みながら、
そっと言葉を続けた。
「さっきの人……
ひよりにとって、嫌な相手なんだよね」
ひよりは俯いたまま、
かすかに頷いた。
陽はそれ以上聞かない。
ただ、ひよりの呼吸が整うまで待ってくれる。
その沈黙は、
ひよりにとって苦しくなく、
むしろ安心をくれるものだった。
少しして、
ひよりの震えがようやく弱まってきた。
「……陽くん……
ごめんね……巻き込んじゃって……」
陽は首を横に振った。
「巻き込まれたなんて思ってないよ。
ひよりが困ってるなら、そばにいるのは当たり前」
その言葉に、
ひよりの胸がまた熱くなる。
(……陽くん……)
涙が滲みそうになったそのとき。
──足音が近づいてきた。
ひよりの身体がびくっと跳ねる。
陽はすぐに気づき、
ひよりの前に立つように一歩踏み出した。
「……ひより、後ろに」
ひよりは陽の背中に隠れるようにして立つ。
胸がまた苦しくなる。
足音は、
ひよりたちがいる建物の影の方へ向かってくる。
そして──
「……小鳥遊さん?」
佐伯の声だった。
ひよりの呼吸が止まる。
陽はひよりを守るように立ち、
佐伯の方へ視線を向けた。
「すみません。
今、彼女は話せる状態じゃないです」
陽の声は静かだけど、
ひよりを守るための強さがあった。
佐伯は驚いたように目を見開いた。
「……あの、俺……謝りたくて……」
陽は一瞬だけひよりを振り返り、
その震えを確認してから、
佐伯に向き直った。
「謝りたい気持ちは分かります。
でも、今は無理です。
彼女が落ち着くまで、距離を取ってください」
佐伯は言葉を失ったように立ち尽くした。
ひよりは陽の背中越しに、
佐伯の影を見てしまう。
胸が痛い。
でも、陽の背中がそこにあるだけで、
少しだけ呼吸ができた。
佐伯はしばらく黙っていたが、
やがて小さく頭を下げた。
「……分かった。
また……後で」
その言葉を残し、
佐伯はゆっくりと離れていった。
足音が遠ざかる。
ひよりはその場にへたり込みそうになったが、
陽がすぐに支えてくれた。
「……ひより、大丈夫。
もう行ったよ」
ひよりは震える声で、
かすかに呟いた。
「……陽くん……ありがとう……」
陽は優しく微笑んだ。
「ひよりが無事なら、それでいい」
夕暮れの風が二人を包み、
ひよりの震えは、
陽の隣でようやく静かになっていった。