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「……さっきの、嫌じゃなかったん?」
「えっ……侑くんのこと?」
「……誰にでもあんな風に触らせるんやったら。……俺、もうおにぎり、おすそ分けせぇへんよ?」
いつもは食べ物のことばかり考えているはずの彼の瞳が、今は獲物を狙うように、熱く、鋭く光っている。
甘酸っぱい、お米の匂い。
おすそ分けの、本当の意味。
profile
桜町 朱里「さくらまち あかり」
2年生
宮 治「みや おさむ」
2年生
宮君は私を餌付けする_。 Start
稲荷崎高校、二年生の初夏。
私の隣の席には、学校中の女子が黄色い声を上げる「宮兄弟」の片割れ、宮治くんが座っている。
(……今日も、食べてる)
三限目の数学。先生が黒板に難解な数式を書き連ねる音に紛れて、カサカサ……と、隣から「確信犯」な音が聞こえてくる。
横目でチラリと見ると、治くんが教科書を立てて死角を作り、その陰で器用に購買のおにぎりを剥いていた。
「……朱里。これ、美味いぞ」
不意に、机の下から差し出された左手。
大きな手のひらに乗せられていたのは、一口サイズにちぎれたおにぎりの塊だった。
「……治くん、今授業中。しかも数学の田中先生、厳しいよ」
「……ええやん。脳みそ使うには糖分が必要や。ほら、口開け」
「えっ、ちょ……っ」
彼は私の戸惑いなどお構いなしに、私の口元にその「おすそ分け」を運んでくる。
指先が、私の唇に微かに触れた。
バレーボールを叩く、硬くて熱い指。その感触に、心臓が跳ねる。
「……ん。……鮭?」
「正解。俺のイチオシや」
治くんは満足げに目を細めると、残りの半分を自分の口へ放り込んだ。
彼にとっては、ただの「餌付け」に近い感覚なのかもしれない。
でも、隣の席で共有するこの「秘密の味」が、私にとってはどんな高級料理よりも特別だった。
放課後。バレー部のマネージャーである私は、部員たちのドリンクを作りに水道場へ向かっていた。
「あーっ! 朱里ちゃん見っけ! 今日も一段とピチピチやなぁ!」
背後から飛びついてきたのは、治くんの双子の兄弟、侑くんだった。
彼は私の肩に腕を回し、顔を近づけてくる。
「侑くん、危ないよ。水かかるから」
「ええやんか。朱里ちゃんにかかる水なら、俺が全部飲み干したるわ!」
「……ツム。お前、キモい。死ね」
バシャッ!! と、侑くんの顔面に冷たい水が浴びせられた。
そこには、無表情でホースを手にした治くんが立っていた。
「冷たっ!? 何すんねん治!!」
「……朱里に触んな。お前の汚い手で触ると、朱里の価値が下がる」
「なんやと!? 俺は愛を囁いとるだけや!」
「……うるさい。朱里、こっち来い。……新しいおにぎり、買ってきたから」
治くんは侑くんを無視して、私の手首を掴むと、そのまま体育館の裏へと連れて行った。
掴まれた手首からは、彼の静かな、でも確かな独占欲が伝わってくる。
「……治くん、侑くんあんなに濡らしちゃって大丈夫?」
「……知らん。あいつは水でも被って冷えたらええねん。……それより、朱里」
彼は壁際に私を追い詰めると、大きな体で夕日を遮った。
「……さっきの、嫌じゃなかったん?」
「えっ……侑くんのこと?」
「……誰にでもあんな風に触らせるんやったら。……俺、もうおにぎり、おすそ分けせぇへんよ?」
「うぇ、」
いつもは食べ物のことばかり考えているはずの彼の瞳が、今は獲物を狙うように、熱く、鋭く光っている。
甘酸っぱい、お米の匂い。
おすそ分けの、本当の意味。
長いような、短いような物語。
私と治くんの「お腹」と「心」を満たす恋が、今、静かに炊き上がり始めた。
コメント
1件
ええなぁてかサムのおにぎりたべてられるとか最っ高やんか、