黒薔薇の誓約が結ばれてから数日後、王都には奇妙な沈黙が漂っていた。 建物の残骸には、黒い蔦が絡まり、魔力の残滓が空気を濁らせている。
セレナはルシアンと共に、王都の中心部――かつて玉座があった大広間へと歩を進めた。
「影帝の気配……消えてはいない」
セレナは黒薔薇の心臓を胸に抱き、微かに震える魔力を感じ取る。
「奴は隠れているだけだ。
でも、この街に残る魔力の乱れを見れば、動きを察知できる」
ルシアンは剣をしっかりと握り、周囲を警戒した。
突然、空が裂けるような轟音。
大広間の天井が震え、黒い霧が渦を巻きながら落ちてきた。
「来た……!」
セレナの瞳が鋭く光る。
黒霧は人型を取り、ゆっくりと立ち上がった。
その姿は、前回よりさらに恐ろしいほど強大な威圧感を放っていた。
「黒薔薇の継承者よ……
ようやく、私が動く時が来たか」
影帝の声は空間を震わせ、まるで王都全体を覆うようだった。
セレナは立ち上がり、両手を広げる。
黒薔薇の魔力が大広間の壁を震わせ、床の石を押し上げる。
「私は……あなたに屈しない!」
黒い蔦が影帝の前に立ち、衝撃波が互いの力を押し合う。
ルシアンは剣を振り、影帝の周囲の霧を斬る。
「セレナ! 無理はするな!」
だが、セレナは振り返らずに前進する。
黒薔薇の花弁が空間に舞い、影帝の霧を切り裂いていく。
衝突の度に、王都の建物が崩れ、瓦礫と魔力が渦巻く。
影帝は微笑む。
「お前は力を得たが……
その力が、お前の心を縛る」
影帝の手が空を切ると、黒い鞭状の霧がセレナを捕らえようとする。
触れた瞬間、彼女の黒薔薇の魔力が逆流しそうになる。
(……これが、私の試練……!)
セレナは意識を集中させ、魔力の流れを自分の意思で制御する。
黒薔薇の心臓が光を放ち、霧をはじき返す。
「あなたは……もう、私を支配できない!」
黒薔薇の力と影帝の霧が正面衝突し、王都の空気が赤黒く揺れた。
ルシアンが前に出る。
「俺もいる。君は一人じゃない」
剣から魔力を解放し、セレナの黒薔薇の力と共鳴させることで、彼女の魔力がより安定する。
「ありがとう……ルシアン」
セレナの瞳が一瞬、金色に輝いた。
二人の力が一体化した瞬間、黒薔薇の光が影帝の霧を押し返す。
影帝は微笑み、静かに後退した。
「面白い……
次に会う時、お前の意思をさらに試すことになるだろう。
覚えておけ、黒薔薇の王女」
黒霧が消え去ると、王都には再び静寂が戻った。
瓦礫と破壊の中で、セレナとルシアンは互いの存在を確かめ合う。
「……でも、奴は去ったわね」
セレナは黒薔薇の心臓を抱きしめる。
「ええ……でも、次は必ず決着をつける」
ルシアンも力強く頷く。
王都の廃墟の上に、二人の決意と黒薔薇の花弁が舞う。
──こうして、影帝との決戦は次の章へと繋がる。
黒薔薇の覚醒は、まだ序章に過ぎない。
しかし、二人は確かに、影帝に立ち向かう準備を整えたのだった。
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