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「……わたしの勝手でしょう。人の好みにケチをつけないで」
「彼は既婚者だ」
「それが何? 貴族男性はみんな愛人をつくっているじゃない」
「あの男の愛人なんかになりたかったのか? 本当にそれでいいのか?」
誰が好き好んでネビルなどに言い寄るか。
メリーティアは本心を呑み込んで、グウェンダルの手を振り払った。
「わたしとあなたとはもう何の関係もないんだから、口を出さないでよ!」
グウェンダルに背を向け、待機場へと向かう。彼はそれ以上追ってくることはなかった。
狩り大会の開始と同時にティーパーティーもはじまった。
皇室主催というだけあり、仕切るのは皇后だ。
皇后モナ・ヘイスティン・ヴェドニア。
ヴェドニア帝国の公爵家出身の彼女は、政略結婚によりケイリクスと結婚をした。ケイリクスよりもふたつ年上の三十六歳だ。
レディの頃から社交界を席巻する存在だった彼女は、今も変わらず貴族女性たちを牛耳っている。
真っ赤な髪に、気の強そうなグレーの瞳。彼女ににらまれれば息をするのも忘れてしまいそうな威圧感がある。
彼女は、ケイリクスから熱烈な愛を受けるメリーティアを嫌っていた。
だから陰湿なことに、メリーティアは侯爵家の令嬢にもかかわらず末端の席が用意されている。
第一皇子派の家門の夫人や令嬢たちが皇后の近くの席を埋めており、ほかの派閥の女性たちはメリーティアと同じく蚊帳の外だ。
森の中のためティーパーティーの席も屋外に用意されているのだが、まったくもって開放感を感じられない。皇后付近の席とは違いメリーティアの周辺は木陰から外れており、直射日光がじりじりと肌を焦がす。ボンネットを被ってきてよかった、と心の中で嘆息した。
もうネビルに粉をかけるという目的は果たしたので、ティーパーティーには参加せずに帰るべきだったと後悔が押し寄せる。
時間が過ぎるのがとても遅く感じられた。こちらはこちらで楽しむ――というのも、皇后の目があるため憚られる。顔見知りの令嬢と二言三言話すだけの退屈な場だ。
そのとき、背後から伸びた手がテーブルにとんと置かれた。
紫色のリボンがメリーティアのラベンダー色の髪と重なり、淡い金髪がふわりと頬をくすぐってくる。
息を呑み振り向くことすらできずにいると、うしろから穏やかな声で囁かれた。
「――メリーティア、ちょっとおいで」
ケイリクスだ。
声も、リボンの色も、髪色も、彼を象徴するすべてのものに怖気立つ。
いくら退屈だったからといって、彼に声をかけられるのは望んでいなかったのに。
女性だけのティーパーティーの場に現れた皇帝に対し、黄色い声が飛ぶ。
たしかに見目はいいかもしれないが、ろくでもない男だ。
皇后を一瞥すると、鋭い眼光が突き刺さる。
メリーティアがケイリクスから言い寄られていることを知らない人はおらず、令嬢たちからは好奇心に満ちた視線が飛んできた。
しかし強引な手段に出るまでは、彼のアプローチ方法といえば手紙をしつこく送ってくることと、ずっと見つめてくるくらいだった。こんなふうに人前で声をかけられるのは前の人生を含めても初めてで、彼が何を考えているかわからず冷や汗が滲む。
もしかしてグウェンダルとの婚約を解消したことが関係しているのだろうか。
いまケイリクスとの距離を縮めることは望んでいない。彼への復讐は最後だ。
ネビルとの関係や今後の計画に支障が出るとまずいため、あまり堂々と求愛をしないでほしかった。
衆目の前では皇帝からの誘いを断ることもできず、差し出された手をとる。
皇帝の幕舎に連れて行かれそうになり、どういうつもりかはわからないが密室は勘弁してほしいと寸前で足を踏ん張った。
皇帝の幕舎の周りには護衛の騎士たちがいる。人目のあるここならさすがに何もしてこないだろう。
「今日は一段ときれいだ。少し見ないうちにすっかり大人になった」
「……ありがとうございます」
髪をすくわれ、口づけられる。気持ち悪くてたまらない。
だがいずれケイリクスのことも手玉にとらなければならないことを思うと、無碍にはできなかった。それとなく気がある素振りを見せていたほうが、今後のことがスムーズに進むだろう。
メリーティアは引き攣りそうになる顔にどうにか笑みを貼りつけた。
「ところで、ホールトン卿との婚約を解消したそうだね」
「はい」
「なぜだ? あれほど好いていたのに」
「彼、真面目でしょう? つまらないんです。もっとほかの男性を知りたくなりました」
「おや驚いた。ホールトン卿ほどいい男がこの帝国にどれだけいるだろうか。そなたを楽しませられるのは金や権力でもなく、たくましい身体や美貌でもないと? はは、美しい女のわがままほどかわいいものはない。それでメリーティア、まだ余のもとに来る気はないのか?」
「今は自由でいたいんです」
「ほう。そなたはまるで蝶のようだ」
ケイリクスはメリーティアへの執着が並外れているが、かつて「そなたから余のもとへ来てくれることを願っていた」と言っていたとおり、今すぐに無理やり手籠めにする気はなさそうだ。彼なりのプライドなのかもしれない。
アンニュイな目付きは彼を無気力そうに見せているが、しかし瞳に秘められた情欲は隠せていなかった。美しい顔の下に悪魔のような心を隠していることをメリーティアは知っている。
いつケイリクスが強引な手を使ってあの離宮へ閉じ込めるかわからないままでは、気が気ではなかった。
メリーティアはケイリクスの顎を指先ですくうと、顔を近づけて色っぽく目を細める。
「飛び疲れたら、あなたという花のもとに休みにまいりますわ」
ケイリクスは目を瞠ったあと、うっとりと微笑んだ。
これでしばらくは大人しくしていてくれるだろう。
「そのときを楽しみにしているよ。でもあまり待たせないでくれ。余はそれほど我慢強くはない」
「ええ。それほどお待たせすることはありませんわ」
メリーティアはケイリクスの胸板を撫でると、その場をあとにした。
本当は狩り大会が終わったあとにもう一度ネビルに言い寄るつもりだったのだが、皇后のいるティーパーティーにしれっと戻る度胸はなく、馬車を呼んでハイゼンベルグのタウンハウスへの帰路を辿るのだった。
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