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????視点
その日は人手が足りないということで、
急きょ応援部隊として私が派遣された。
私の仕事はMrs.Green AppleさんのMV撮影を、
裏方スタッフとして手伝うことだった。
それがまさかあんなことになるなんて思わなかった。
撮影の準備が整ったために、
彼らの楽屋へ声を掛けに行こうとしていた時だ。
廊下にいた私は前方から歩いてくる人と目が合った。
「あれ⋯もしかして初めましてかな?」
と大森さんが気さくに声を掛けてくださる。
本当にこういう気遣いがファンを惹きつけるのだろうと思う。
「はい。
ピンチヒッターなので、
みなさんの足を引っ張らないように努力します」
「そんな気負いすぎないで大丈夫だよ〜」
ふわりと柔らかい空気感と口調で、
藤澤さんが私に力が入りすぎないように諭した。
「そうそう。
何なら俺らの方がミスって撮影止めちゃうかもしれないから」
若井さんも「リラックスしてね」と、
私はただのスタッフなのに、
とにかく優しかった。
その時ーーー
ダダダダッ⋯⋯⋯⋯
え?
誰だろうと足音がした方を振り返ると、
そこには血相を変えたTASUKUさんがいた。
いや⋯いたというより、
何かから逃げるように廊下を走っている。
「星崎?」
「ぁ⋯⋯⋯」
大森さんに声をかけられたTASUKUさんは、
顔面蒼白で涙目だった。
明らかに様子がおかしい。
そして彼が走ってきた方から、
もう一人誰かが追いかけてきた。
(あれは⋯⋯)
確かTASUKUさんの所属しているリゼラル社の社長だ。
どうして自分が勤めている会社の上司、
しかも社長から逃げていたのか。
何か訳ありな雰囲気だが、
とても聞けるような状況ではなかった。
「お⋯⋯⋯⋯⋯る、か⋯⋯い⋯じょ⋯⋯ぶ⋯っ!」
そのまま彼がどこかへ行こうとするのを、
大森さんが腕を掴んで制した。
「何があったの?」
「いや何も⋯久しぶりにあったから話をしていただけですよ」
いつの間にか追いついていた社長が、
何も言わない彼の代わりに説明した。
絶対におかしい。
ただ話をしただけで逃げる?
こんなにも取り乱すほど顔色が悪いのに?
明らかに白々しい嘘だった。
彼はといえば、
乱れた呼吸がまだ整えきれておらず、
体もガタガタと大きく震えていた。
いったい何をしたら、
ここまで怯えるのだろうというくらいに、
彼はひどく怯えきっていた。
「ふ⋯⋯⋯ぅ⋯⋯⋯⋯く」
きっと泣くのを我慢しているらしい、
苦しげな声が彼の口から溢れた。
それでも話がまだ途中だからと、
強引に彼を連れて行こうとする。
「話すことは?」
「な⋯いで、す」
「本人がそう言っている以上後にしてもらえませんか?」
大森さんがやんわり彼を遠ざけようとしたため、
社長も下手に食い下がることはしなかった。
まるで何事もなかったかのように、
きた道をそのまま引き返して行く。
社長の気配が完全に消えてから、
彼はようやく安堵の息を吐いた。
「大丈夫?」
心配そうな声で藤澤さんが彼に声をかける。
「はい。
すいません、
巻き込んでしまって⋯」
彼は不自然にそこで言葉を止めると、
後ろを振り返って、
まだ社長を警戒しているようだった。
彼はYouTubeで公開するファーストテイクのために、
いったん私たちとは別れた。
MV撮影は順調に進み、
休憩を挟んで撮影再開となった。
「ーーーーのシーンで使う機材はどこ?」
「備品庫にあるので、
すぐに用意します」
先輩スタッフからの指示で、
私はすぐ備品庫に向かった。
ガチャッ
ん?
「ーーー!」
「ーーーー」
中から何故か話し声がする。
ここはスタッフ以外立ち入り禁止の場所だ。
おかしいなと思いながらも、
奥へ奥へと進み、
声の主を探した。
「僕は君のことを気に入っているんだよ。
分かるだろう?」
そこにいたのはリゼラル社の社長だった。
まさかこんな場所で告白?
誰を口説いているのだろうか?
「⋯⋯奇遇ですね。
僕もゲイです」
え?
(この声⋯TASUKUさん!?)
私は思わず自分の口元を押さえた。
私の位置からは彼の顔は全く見えないが、
その声は怒りと敵意を孕んでいた。
「でも⋯⋯あなたをいいと思うほど、
趣味は悪くありません」
はっきり毅然とした態度で、
何かを拒否する姿勢を見せた。
彼の返答を聞く限りではどうも、
一方的に言い寄られているような感じだった。
「何だと!?
君が拒否するなら大森くんがどうなってもーーーーー」
「⋯⋯⋯⋯んなよ」
彼が低く唸る。
「あの人に手を出してみろ!
死にたくなるほどお前を追い詰めてやる!!」
ドスンッ
彼が思いっきり社長を突き飛ばした。
カシャーン
その勢いでポケットに忍ばせていたであろう、
カッターが投げ出された。
あんなものまで持っているなんて、
どうするつもりかわからないが、
ここで止めなければ危ない。
恐怖心に支配されそうになりながらも、
無理やり足を動かして、
私は力の限り叫んだ。
「何しているんですか!
ここはスタッフ以外は立ち入り禁止ですよ!?」
私の声に慌てふためきながら、
社長が飛ぶように逃げ出していく。
彼が怪我を負われていないか、
確認するために数歩歩み寄った。
しかし私が声をかける前に、
彼が突然走り去って、
姿を消してしまう。
「あれ?」
床に転がっていたはずのカッターと共にーーーー
雫騎の雑談コーナー
はい!
きました。
ついに30話です。
どこまで続くのか?
俺も分かりませーん。
ここでは普段は書かない違う人からの視点で展開したかったので、
あえて30話の節目にて、
名もなき裏方スタッフの視点で書きました。
では本編に行きましょうか。
何と悪評で陰口を叩かれるスタッフだけではなく、
所属会社の社長とも円満な関係とは程遠いんですね。
円満どころか肉体関係を迫って枕営業をけしかけられている設定ですからね。
てかこれ、
完全にネタバレだな。
まあいいか。
雫騎はね、
こういうやつなんです。
すいませんね、
いつもポンコツで。
誰か罵ってくれい。
あと不穏な終わり方してますが、
お察しの通り次回はリスカシーンがあります。
ではでは〜