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えぬ
夜の校舎は静かだった。
誰もいない廊下を、山中柔太朗はひとり歩いていた。
🤍「……忘れ物、最悪」
文化祭の準備で遅くなり、ようやく帰ろうとしたところで教室に台本を置いてきたことに気づいたのだ。
小さくため息をつきながら階段を上る。
そのときだった。
屋上へ続く扉の向こうから、何かが落ちるような音が聞こえた。
🤍「……誰かいるのかな」
こんな時間に。
気になった柔太朗は扉を開けた。
冷たい夜風が吹き込んでくる。
そして月明かりの中で、一人の男子生徒が膝をついていた。
🤍「……佐野?」
同じ学校の佐野勇斗だった。
だが様子がおかしい。
肩で荒く息をし、顔色は真っ白だった。
🩷「来るな」
低い声だった。
いつもの穏やかな佐野とは違う。
🤍「え……?」
🩷「頼むから、近づくな」
柔太朗は足を止めた。
けれど次の瞬間。
佐野の身体がふらりと揺れる。
🤍「危ない!」
思わず駆け寄る。
その瞬間だった。
佐野が顔を上げる。
月光に照らされた瞳は赤く染まり。
口元から鋭い牙が覗いていた。
柔太朗は息を呑む。
🤍「……吸血鬼、なの?」
佐野は苦しそうに目を閉じた。
🩷「見られたな」
諦めたような声だった。
風が吹く。
長い沈黙が落ちる。
普通なら怖いはずだった。
逃げてもおかしくない。
けれど。
柔太朗の胸に浮かんだのは恐怖ではなかった。
目の前の人が苦しそうだということだけだった。
🤍「……本当に吸血鬼なんだ」
🩷「そうだ」
🤍「そっか」
🩷「その反応なのか」
佐野が少しだけ呆れたように言う。
🤍「だって」
柔太朗は月を見上げる。
🤍「佐野が佐野じゃなくなるわけじゃないし」
佐野が言葉を失う。
柔太朗は少し首を傾げた。
🤍「違う?」
🩷「……変なやつだな」
🤍「よく言われる」
柔らかく笑う。
けれどその笑顔は明るいというより、どこか儚かった。
人を安心させるような笑い方だった。
🩷「今日は特にひどいんだ」
🤍「ひどい?」
🩷「渇きが」
その一言に。
柔太朗はようやく気づく。
震える指先。
苦しそうな呼吸。
必死に耐えている表情。
そして。
誰にも助けを求められない孤独。
🤍「……辛そう」
ぽつりと零れた言葉。
🩷「だから離れろ」
🤍「……」
🩷「今ならまだ大丈夫だから」
柔太朗はしばらく黙っていた。
それからゆっくりと佐野の隣へ腰を下ろす。
🩷「おい」
🤍「離れない」
🩷「柔太朗」
🤍「だって」
柔太朗は少し困ったように笑う。
🤍「苦しい時に一人なのって、嫌じゃん」
その声は優しかった。
自分のことではなく。
相手の痛みに寄り添うような。
🩷「俺は吸血鬼だぞ」
🤍「うん」
🩷「危険かもしれない」
🤍「そうかもね」
🩷「じゃあなんで」
柔太朗は少しだけ目を伏せる。
夜風が黒髪を揺らした。
🤍「放っておけないから」
静かな声だった。
🤍「苦しそうな人を見るの、苦手なんだ」
🩷「……」
🤍「それが佐野なら、なおさら」
佐野は何も言えなくなる。
誰にも知られないように生きてきた。
正体を知られたら終わりだと思っていた。
なのに。
目の前の人間は逃げない。
怖がらない。
ただ、人の痛みを自分のことみたいに見つめる
🩷「……変なやつ」
🤍「また言った」
🩷「褒めてる」
🤍「それならいいけど」
柔太朗は少しだけ笑った。
その笑顔を見た時。
佐野の胸の奥にあった冷たい孤独が、ほんの少しだけ溶けた気がした。
🩷「柔太朗」
🤍「ん?」
🩷「今日のこと、誰にも言うなよ」
🤍「もちろん」
🩷「あと」
🤍「あと?」
佐野は少しだけ目を逸らす。
🩷「……ありがとう」
柔太朗は目を丸くした。
それからふわりと笑う。
🤍「お礼なんていいよ」
🩷「よくない」
🤍「じゃあ」
少し考えてから言う。
🤍「今度、一緒に帰って」
🩷「……それだけ?」
🤍「うん」
🩷「安いな」
🤍「その方が嬉しいから」
月明かりが二人を照らす。
吸血鬼と人間。
本来なら交わらないはずだった二人の物語は。
満月の夜。
静かに始まった。
コメント
1件
うわあ、第1話からすごく好きな空気感だった…🖤 柔太朗が「苦しい時に一人なのって嫌じゃん」って言うシーン、めちゃくちゃ刺さった。怖がるんじゃなくて、目の前の人の痛みに真っ直ぐ向かおうとするの、すごく優しくてせつない。 佐野の「ありがとう」がぎこちなくて、でもちゃんと伝わってきて泣きそうになったよ。 吸血鬼と人間の距離感がゆっくり縮まる予感がして、続きがすごく気になる…!