テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「叶えてやってるですって? 失敗してしまったじゃない!」
「それは狙いを外したお前の自業自得だろ。とにかく、やり直しは契約の範囲外だ。なんとかしてほしいなら、残りの寿命でもよこすんだな」
「なんて傲慢なの!?」
死と同義の要求をされ激昂する老女を、男が嘲笑う。
「傲慢なのはお前のほうだろ。何の罪もない赤目の小僧を私欲のために殺そうとするだなんて」
「私欲じゃないわ! これは正義よ!」
「正義?」
「この世で国王の御子はオリヴィア様がお産みになった二人の王子殿下のみ。私生児など存在してはならない。この世から消えるべきなのよ!」
「は〜、それが正義ねぇ。まったく人間ってのは愚かなことばかり考えるもんだ。まあ、俺は寿命がもらえればそれでいいんだけどな」
男がどこからか真っ赤な林檎を取り出して齧りつく。
「今の話、もしかして……」
二人の会話ですべてを悟ったらしいライルが話しかけ、ルシンダがうなずく。
しかし、ごく小さい声だったのに、遠くで林檎を頬張っていた男──悪魔メレクがこちらを見た。
「なんかいたわ」
ルシンダがまずいと思った瞬間、離れた場所にいたはずのメレクがすぐ目の前に現れた。
整った顔立ちに、真っ白な髪と黄金色の瞳。一見すると、まるで天使のように思えるが、よく見ればその眼は蛇のように怪しく輝いている。
「よく居場所が分かったな。誰の仕業だ?」
楽しそうににやにやと笑うメレクを警戒していると、ルシンダたちの存在に気づいた乳母が叫び声をあげた。
「メレク! 何をしているの! 追い払いなさい!」
「知らないね。それも契約範囲外だ」
面倒そうにひらひらと手を振るメレクに、乳母が絶句する。
すると、アーロンが乳母に向かって呼びかけた。
「マーシャ・ブラウン。私は第一王子のアーロンだ」
「アーロン殿下……? オリヴィア様がお産みになった──」
このような状況でなぜか嬉しそうに泣き笑いの表情を浮かべる乳母をライルが不可解そうに見つめる。
「マーシャ、私たちはあなたに悪魔との契約を破棄してもらいに来ました。求めに応じ、契約を破棄して、陛下にかけられた呪いを解いてください」
アーロンが落ち着いた声で、けれど王族の威厳を持って乳母の説得を試みる。
しかし、乳母は返事をすることなく、アーロンを凝視したままだ。
「マーシャ・ブラウン。私も母上も、ユージーン兄上を害することなど望んでいません。即刻、悪魔とは手を切ってください」
アーロンが重ねて乳母に訴える。
「…………」
乳母が何かに耐えるようにきつく目を瞑り、何度も小さく頭を振る。
「だめなのです……許されないのです……。今は分からなくても、いつか理解できるはずです。私が正しかったのだと……」
「マーシャ、一体何を──」
アーロンが少し声を荒らげそうになったとき、乳母がメレクに命じた。
「半分! あと半分の寿命をあげるから、もう一度呪いの力を頂戴! 私が呪いを成功させるまで、彼らをどこかに閉じ込めて!」
「了解〜」
メレクの目の前に契約の文言が浮かび上がる。
「──契約成立」
メレクがそう唱えると、宙に浮かんだ文字が紫色の光とともに消え、契約者である乳母マーシャ・ブラウンが膝から崩れ落ちるようにその場に倒れ伏した。
「じゃあ、契約した分の仕事はやるとするか」
倒れた乳母を気にする様子もなく、メレクがにやりと不敵に笑う。
「……呪いを解くには、この悪魔を倒すしかなくなった。すぐに片をつけるぞ」
クリスが指示を出し、ルシンダたち三人がうなずく。
「お、なかなか自信があるみたいだな。でも、そう上手くいくかな?」
「舐めるなッ!」
ライルが炎を纏わせた剣ですばやくメレクに斬りかかる。
普通の魔獣であれば、この一撃で斬り伏せられてしまうほどの速さだったが、メレクはにやついた顔のままひらりと躱す。
「残念、惜しかったな」
「くそ……!」
「お子様たちと遊んでやってもいいけど、さすがに四人もいると怠いからな。さっさと片づけるとするか」
メレクが背中から禍々しい漆黒の羽を広げる。すると周囲の空気が一気に重苦しいものへと変わった。
クリスがルシンダを守るように前へ出るのを見て、アーロンとライルも脇を固める。
「みなさん、私も戦えます……!」
だから、こんなに守ってもらわなくても大丈夫だと訴えたが、三人とも譲らない。
仕方なく、後方支援に徹しようとルシンダがメレクを見据えると、楽しそうに笑うメレクと目が合った。
「まとめて片づける方法、みーつけた」
「えっ……?」
ルシンダが目を見開いたわずかな間に、メレクがルシンダのすぐ目の前へと移動する。甘い香りがふわりと漂ってきたかと思うと、メレクはルシンダの頭を引き寄せ、その頬にキスをした。
「……!?」
一瞬、何かの術をかけられてしまったのかと焦ったが、身体に特に異変はない。ほっと安堵したルシンダだったが、クリスたち三人はそうではないようだった。
それぞれが険しい表情で冷気をまとっている。
「……ルシンダから離れろ」
「嫌だね。頬の柔らかさが俺のタイプなんだよな。ルシンダ、もう一回してやろうか?」
耳元で囁かれる声にぞわりとしていると、普段は冷静な三人が珍しく頭に血が上った様子で一斉にこちらへと向かってきた。
「離れろと言っただろう!」
しかし、あと少しで手が届きそうな場所まで近づくと、メレクがにやりと口角を上げ、「パチン!」と指を鳴らした。
「はい、全員捕獲。仲良く眠ってな」
その言葉が聞こえてきたのを最後に、ルシンダたちは深い夢の世界へと落ちていった。