その声に視線を前に戻せば、レイはさっきと同じ調子で続ける。
『急にこれに乗ったのだって、あいつらといるのが辛くなったからじゃないの?』
言い当てられ、私は言葉に詰まった。
レイは私が佐藤くんが好きだと知っているし、さっきの態度はやっぱり不自然だったのかもしれない。
『……いいよ、理解してもらわらなくて。
けど、仲を取り持ちたいのは本心だよ。
杏、私に遠慮して佐藤くんと付き合わないって言ったんだ。
だから……』
『それなら、アンのサトウへの気持ちは、そこまでだったんだろ』
レイはどこまでも冷たい口調だった。
それでも腹立たしく思わないのは、理解できないと言われても、なにも知らないレイが、私たちのことをわかると思わないからだ。
『杏の佐藤くんへの気持ち、勝手に決めないで。
レイにはわかんないかもしれないけど、私たち、みんなを傷つけたくないんだよ』
『本当に仲がいいなら、遠慮のし合いなんてしないだろ?』
私を見据える目が細くなる。
レイが少しも納得していないのは明らかだった。
『私だって、辛くないと言えば嘘になるよ。
でも……傷つけたくないのは、相手が好きで大事だからだよ』
話しながら、どれだけ話してもレイとはわかり合えない気がした。
それでもいい。
ここまで言ったのなら、気持ちを全部吐き出して、笑って杏たちの前に立つんだ。
『気まずくなりたくないの。
……杏と気まずくなりたくない』
そう。同じ人を好きになったことで、杏とぎくしゃくしたくない。
いつも笑って、いつも傍にいてくれた友達だから。
『それって、自分が傷ついても?』
彼の問いに、私は首を縦に振る。
『正直、気持ちはぐちゃぐちゃだけど、ふたりがうまくいってほしいって思ってる。
……それも、まぎれもない本心なの』
嘘じゃない。
私がいくら佐藤くんを好きでも、この恋は実らない。
それなら、辛いのは今だけだと言い聞かせて、ふたりの幸せを願うんだ。
(……大丈夫だよ。大丈夫)
私はふたりが好きだし、叶わない恋もいつかは思い出になる。
そう思い至った時、ふいに涙がこぼれた。
もう泣くつもりなんてなかった私は、自分自身に驚いた。
慌てて目をこすったけど涙は止まらず、仕方なしに手の甲で瞼を覆う。
(……もう、なんでこうなるの)
本音を話しすぎたからか、最近情緒不安定だったからか、涙腺が崩壊してしまったらしい。
絶対レイに呆れられたと思った時、彼の気配が動いた。
顔を上げれば、窮屈そうに背を曲げて立つレイが、私を見下ろしている。
視線が重なると同時に、彼は私の前で膝を折った。
距離が近付き、目線が同じになった時、無意識に体がこわばる。
「キスされる」と思った瞬間、体が傾き、彼の肩越しに景色が広がった。
(え……)
彼が私を抱きしめたと気付くのに、数秒ほどかかった。
予期せぬ状況に心臓が騒ぎ出す。
レイはそのまま動かず、私は身じろぎすることも忘れた。
『だから前に言っただろ。
泣くほど辛いのに強がるなんて、そのほうが意気地なしだって。
見ないでやるから、思い切り泣けよ』
思いもよらない言葉だった。
レイはたぶん、私の気持ちを理解してくれたわけじゃない。
それでも泣いちゃだめだと思っていた私にとって、今の言葉は胸に詰まった。
『……なんで……そんなこと言うの。
私のこと、嫌いなんじゃないの』
さっきとは別の感情がこみ上げて、視界がぼやける。
鼻をすすりながら言えば、一呼吸置いて彼が言った。
『ミオを見てると苛々するだけで、べつに嫌いなんかじゃないよ』
『……なにそれ』
思わず眉をひそめたけど、胸の奥が少し熱くなった。
てっきり嫌われてると思っていたから、彼の言葉は予想外で、不思議と嬉しくもあった。
それからしばらくの間、どちらも言葉を発しなかった。
涙はいつの間にか止まり、狭い視界の中を景色がゆっくり動いていく。
翳った気持ちが透明になって、心の中が凪いだ頃、杏のとなりで笑う佐藤くんを思い出した。
とても穏やかで、それでいて優しくて、理想そのものの人だった。
「好きだったのになぁ……」
呟いたと同時に、鼻の奥がつんとする。
それを追って、最後の雫が自分の外側に零れ落ちた。
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