会場に着くと、入り口のところに受付があって、名前を言って会費を支払うと、名簿にチェックを入れてくれてから名札を渡された。
裏に安全ピンとクリップがついたネームプレートは、表にふりがな付きでフルネームが記されていて。
高校生の頃つけていた名札は苗字だけで、これの四分の一ほどの小さなものだったから何となく恥ずかしいなぁと思いながら受け取ったくるみだ。
鏡花とともにそれを胸元につけたら、
「小学生の頃の名札思い出すね」
『栗野鏡花』と書かれた名札を付けた鏡花が、くるみの胸元を見てクスッと笑う。
その言葉にふと視線を落としたら、胸元で『木下くるみ』と書かれた名札がキラリと照明を反射した。
「ちょっぴり恥ずかしいとか思うちょるん、うちだけ?」
小声で鏡花に耳打ちしたら「同じく」と返って来た。
鏡花みたいに大きな組織に勤めていたら、今でも胸元にネームプレートを付けたり、首から社員証を掛けたりするのかも知れない。
だけどくるみは個人経営の移動パン屋さんを営んでいるから、そういうのに無縁なのも照れ臭さに拍車を掛ける。
結婚して姓が変わった人はこの名札に旧姓も列記されているらしい。
今年二十四になる同級生の同窓会だ。
ちらほらと苗字が二つ並べて書かれた名札を付けたメンバーが目について。
今まで意識していなかったけれど自分もそう言う年なんだなぁとふと思ってしまったくるみだ。
横にいる鏡花の名札の『栗野』の部分を見て、自分も『栗野(木下)くるみ』と併記された名札をつけているのを想像したくるみは、にわかに照れ臭くなってしまう。
「くるみちゃん?」
ひゃーっと頬を両手で覆ったら、鏡花にキョトンとされてしまった。
「あ、な、何でもないけんっ」
顔が熱を帯びているのを感じながら慌ててそう言ったら、怪訝そうな顔で鏡花にじっと見つめられてしまう。
「今、くるみちゃん、めちゃくちゃ可愛い顔になっちょるよ! ひょっとしてお兄ちゃんのこと考えたりした?」
鏡花からの鋭い指摘に、グッと言葉に詰まったくるみだ。
「私、まだ半信半疑なんじゃけど……くるみちゃんはホンマにお兄ちゃんのことが好きなんじゃね」
ほぅっと溜め息をつきながら「リアル『美女と野獣』おったぁ〜」とクスクス笑う鏡花に、くるみが「実篤さん、ぶちハンサムなんに何でそんなこと言うん?」と本気でムスッとしたら瞳を見開かれた。
「あばたもえくぼ……」
ぼそりとつぶやかれた言葉に、今度はくるみがキョトンとさせられる番だった。
「私的にはほら、高校生の頃にくるみちゃんが付き合いよった人。えっと……生徒会長の鬼塚くんだっけ? 彼との方が美男美女でうちのお兄ちゃんとより断然お似合いじゃと思うんじゃけど。――あっ。そう言えば彼、幹事に名前上がっちょったじゃん? ひょっとして今日会えるんじゃない?」
鏡花からいきなり鬼塚の名前が出たことで、くるみは一気にテンションが下がって。
でも幸い会場内は思いのほか人が多くて、うまくいけば人混みに紛れて最後まで鬼塚とは顔を合わせずに済むかも?とも期待したくるみだ。
「案外再会したらやけぼっくいに火が付いたりして? わー、お兄ちゃん、鬼塚くんが相手じゃ絶対分が悪いわぁ」
なのに、まるで不吉なフラグでも立てるみたいに鏡花が言うから。
「うち、実篤さん以外目に入らんけんっ!」
むぅっと唇を突き出してそう言ったら、鏡花が「それ聞いて安心した!」と微笑んだ。
「え?」
さっきまでの口ぶりだと、鏡花は実篤と自分との交際に余りいい印象を持っていないのかと思っていたくるみだ。
鏡花からの意外な言葉に思わず彼女を見つめたら、「言うたじゃん? 私、こう見えてお兄ちゃんのこと、嫌いじゃないんよ」と淡く微笑んでみせる。
その言葉にくるみがコクッと頷いたら、
「だからね、くるみちゃんみたいに可愛い子が相手で私、ちょっと不安じゃったんよ。あんな顔しちょるけどお兄ちゃん、結構繊細なところあるけん」
兄のことを心底気に掛けているような口調のくせに、〝あんな顔〟と律儀に実篤を下げる言葉を織り込んでくるのが鏡花らしい。
「お兄ちゃんがくるみちゃんにメロメロなんは気持ち悪いほど伝わってくるけぇさ。もしくるみちゃんにフラれたらって考えたら絶対落ち込むん目に見えとるじゃん? 私や八雲兄の前では絶対そういう素振り見せんのんじゃけど……影でわんわん泣くタイプじゃけぇ。それは嫌じゃなぁって思うたんよ」
そこでくるみを真剣な顔で見つめてくると、鏡花がポツンと言った。
「くるみちゃん、お願い。うちのお兄ちゃんを大事にしてやってね?」
「鏡花ちゃん……」
実篤と言い合いをしている時には絶対聞けないような言葉を吐露してくれた鏡花に、くるみはキュン、として。
兄妹ってええなぁと心の底から羨ましくなった。
「さぁ、この話はお終い!」
にわかに恥ずかしくなったみたいに鏡花が突然に話を打ち切って。
「食べ物取りに行こ?」と、真正面に設置された長テーブルを指差した。
今日はどうやら立食バイキング形式らしい。
皆各々に食べたいものを皿に載せたりしているのを横目に、「会費払ったんじゃけ、私らもたくさん食べてたくさん飲まんにゃ損じゃわぁ!」とくるみの手をぐいぐい引っ張ってくる。
前を歩く鏡花の耳が真っ赤になっているのを見て、くるみは(鏡花ちゃん、照れ屋さんだな)と微笑ましく思った。
***
「くるみちゃん、私、ちょっとお手洗い行ってくるね」
鏡花がそう言って、「悪いんじゃけどこれ、見張っちょいてくれる?」とスイーツが山盛りになった皿をくるみに託す。
(鏡花ちゃん、スイーツばっかり取りすぎじゃろ)
鏡花が、「たくさん食べんと損!」と様々な料理が載った長テーブルを目指した時には、くるみはてっきり料理をお腹いっぱい食べようね!と意気込んでいるんだと思っていた。
なのに――。
実際の鏡花はスイーツが載った端っこのテーブル目掛けて一直線で、料理には見向きもしなくて。
一緒にいたくるみは思わず「えっ」と声を上げたのだ。
「知っちょった? くるみちゃん。ここのホテルのバイキングのスイーツ! 都会から超有名なパティシエが作ったケーキとか取り寄せちょるらしいんよ。それこそケーキビュッフェも真っ青なバリエーションの豊富さらしいんっちゃ。その証拠にほらアレ――」
そこで真ん中あたりにあるビタミンカラーの、目にも鮮やかななジュレを指差すと、
「ゆずのジュレ! 前に雑誌に載っちょるん見たことあるし、その隣の凄い綺麗な緑と白のやつ!」
くるみがゆずのジュレを視認するや否や、今度は左端にある、白雪の上に乗せられた新緑さながらの緑が広がるキューブ型の小さなケーキを指差して。
「キウイのヨーグルトケーキらしいんじゃけど、あれもお店じゃと開店して一時間もせんで売り切れる超レアものらしけぇ!」
言って、キラキラと目を輝かせた鏡花が、くるみの手をギュッと握って、「料理そっちのけで食べるしかないじゃろ?」とニヤリとする。
「それでも鏡花ちゃん。うち、あんまり甘いんばっかり食べよったら気持ち悪ぅなるんじゃけど」
デザートコーナーを制覇しようやぁ!と言い出しかねない勢いの鏡花に、くるみはタジタジだ。
なのに鏡花は一向に意に介した風もなく、「そうしたらお肉とかで口直ししたらええんよ!」とメイン料理に対してとっても失礼なことを言う。
それを聞いた途端、『まるで実篤さんに対する塩対応みたいじゃわ』と思ってしまったくるみだ。
途端、顔をつき合わせるたびに繰り広げられる二人のやり取りを思い出して、くるみは可笑しくて堪らなくなった。
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