(殿下視点)
俺には悩みがある。
俺はこのレークライン帝国の王太子アーサシュベルト。
14歳の時に彗星の如く社交界に現れた美少女、公爵家令嬢エリアーナ・ディステンと婚約しているが、エリアーナのことが好き過ぎて上手く会話が続かないのだ。
会話もままならず、エリアーナの名前もまだまともに呼んだことがない。
いつも主語抜きで必要最低限のでの会話だ。
この間の式典でもエリアーナのドレス姿は本当に綺麗だった。
「エリアーナ、綺麗だ。」
心の中で俺は何度も叫んでいるのに、実際に言葉で出てきた言葉が、
「もうすぐ出るぞ。その長ったらしいドレスの裾を踏んで階段から落ちるようなことはするな。」
なんだから、こんな自分が嫌になる。
エスコートで触れるエリアーナの手を本当はギュッと握ってしまいたい。
離したくない。
その華奢な指と絡めてみたい。
己の欲望を理性でなんとか押さえつける。
エリアーナは俺のことを嫌っている。
そりゃそうだ。
普段はほとんど会話もせず、口を開けば、俺はエリアーナに嫌味ばかり。
本当は少しもそんなことを思っていないのに、エリアーナの前だけ変に強がったりして全然素直になれないのだ。
だからエリアーナからの信頼もなく、心を開いてもらえるわけでもなく、王太子教育で辛い時も、意地悪い令嬢の嫉妬で虐められている時もなにも話してもらえなかった。
そして、エリアーナの苦しみに気づいていたのに声をかけることさえ、躊躇ってしまった。
あと1年で学園を卒業し結婚するのに、こんな状態からどう抜け出したらいいのか、よくわからなくなっていた。
そんな時だ。
事故は起きた。
舞踏会に出る階段で、エリアーナをエスコートをしながら、隣に彼女がいるのがうれしくて思わずチラッと彼女を見た。
まるで聖女のようなその凛とした美しい笑顔に見惚れてしまい、うっかりエリアーナのドレスに躓いてしまったのだ。
バランスを崩しエリアーナにぶつかる。彼女もバランスを崩し階段から落ちそうになる。
咄嗟にエリアーナの腕を引っ張り、この胸にエリアーナを抱く。
初めて抱きしめるエリアーナは細く柔らかい。
その後は、勢いよくゴロゴロと派手にふたりで階段を落ちていった。
まるで走馬灯を見るかのように、頭の中で様々な場面が出てくる。
それが走馬灯で見る過去の思い出ではなかったのだ。
全く知らない物語。
そして、それが前世で読んだ妹の小説だったと気づいた。
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