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「ヘタレな先輩で悪かったな、蒼」
「いえいっす。先輩のデレっぷり拝めたんでチャラにしておきます」
「この野郎…。でもまぁ、感謝してる。世話になったな」
蒼は堺先輩と、私は明姫奈と言葉を交わして、玄関でふたりを見送った。
「ごめんね。蓮。迷惑かけちゃって」
「ううん。気にしないで。っていうか、私なんにもできなかったし」
「そんなことないよっ」
「わっわ」
背の低い明姫奈に急に抱き疲れて、私は背をかがめた。
「ありがとう。蓮」
そして、そっと耳打ちされた。
「蓮もがんばってね」
明姫奈ってば…。
うん。がんばるよ。
先輩と明姫奈が出て行ってしまった後も、私はしばらくその場に立ったままでいた。
うん。
がんばるよ、明姫奈。
「なに突っ立ってるんだよ、蓮?」
訝しむ蒼に、私はゆっくりと顔を向けた。
「なんか、胸がすっとしたんだ」
「?」
「ねぇ…蒼…。私、」
軽く息を吸って吐いて、私は蒼を見上げた。
「この一週間、いろんなことが起きて…びっくりして戸惑うことばかりだった。幼なじみって思っていた蒼が急に変わって…ドキドキしたり、悩んだり、怒ったり…初めてのことばっかりで、次から次に感じる感情が初めてで、自分がどうなってしまうのかわからなくて、不安だった…。だからね、言うのが怖かったの…」
「蓮…」
「頭では解かっていたけど、言葉にして認めてしまえばもう後戻りできなくなると思って…大きな気持ちに押し潰されてしまう気がして、怖かったの。でも…明姫奈と堺先輩を見て、学んだから…。私も押し潰されない、って勇気が湧いたから…。だから言うね。私…私…」
けど、声は震えてしまう。
今まさに私は、扉を押し開けているところだから。
これから入る新しい世界がどんなものか、期待と緊張で胸が張り裂けそうだから。
「蓮」
そんな私を守るように、蒼が優しく抱き締めてくれた。
「いいよ言わなくて。ちゃんとわかってるからさ…」
ううん、と私は温かい胸の中でかぶりをふる。
「言いたいの…。言わせて…蒼」
私はもうずっとずっと昔からそこにいる、大好きで仕方がない綺麗な顔に向かって、心をこめて、伝えた。
「好き…」
…蒼が好き。
「好き、好き、大好き…」
やっと。
やっと言えた…。
「好き…。蒼が好きでたまんないよ…。大好き。好き。好き。す…」
堰を切ったように『好き』が唇から零れて止まらない私を、蒼はきつくきつく抱きしめた。
「そんなに言うな…俺の身がもたねぇ…」
喘ぐように、蒼は声を震わせて続けた。
「…俺だって同じだよ。俺もさっきの先輩の気持ち、『すげー解かる』って思ったんだ。好きって言うたびに、苦しくなるんだ。どんどんおまえにハマって…もうすっかりハマってるのに、もっと深くなっちゃって…。このままじゃ、どうなってしまうんだろって、怖いくらいで…。『好き』なるって、ほんと、すげぇよな…」
蒼…。
「蓮、好きだよ。大好きだ。死ぬほど、好きだ…!」
私たちは、刹那見つめ合うと、磁石のように引かれあって、唇を重ねた。
本当に、好きって気持ちは、すごい。
感覚まで変えてしまうのね…。
それは、今までしたキスの中で一番激しくて、気持ちいいキスだった。
蒼の息が荒くなってきて、貪るように唇を重ねられる。
覆い被さられるように、壁に押し付けられる。
カサ…
その拍子に、私のパーカーのポケットから、落ちたものがあった。
横目にそれを見て、さすがに私は意識をひんやりとさせる。
真四角の一見、薬みたいなパッケージ。
それは、さっき明姫奈に押し付けられたものだった…。
やだ…拾わなきゃ…!
けど、遅かった。
蒼は気づいていた。
「…なんだよ、これ」
「こ、これはあ、明姫奈が…」
「…やるね、あのコ」
蒼は焦るように視線を外した。
「しまえよ。そんなの見たら俺、スイッチ入っちゃうから…さ…」
てか、もうすでにヤバいから…。
と私を離そうとした蒼の手に、私はそっと、自分の手を乗せた。
「いいよ…蒼」
「……」
「私、前に進みたい。蒼と一緒に…」
蒼は目を見開いて、私を見つめた。
「マジかよ…」
うん、とうなづく。
「蒼に全部あげたい…大切にしてほしい…」
蒼は見開いた目のまま器用に眉を寄せて、迷いを見せたけど。
びく…と寒気を覚えるような鋭い視線で私を射抜いた。
「…じゃあ、いただきます」
「いただく…って…。私ご馳走じゃないんだか…きゃっ」
不意にふわりと身体が浮いて、お姫様抱っこされた。
「そ、蒼…!?」
蒼は無言で階段を上りはじめた。
行き先は聞かなくてもわかった。
私の部屋だ…。
覚悟を決めて、私は蒼の胸に頬をすりよせた。
固い肌から伝わってくる鼓動は、私と同じくらいに高鳴っていた。
部屋に連れて行かれた私は、甘い言葉を降りかけられて、熱く手にトロトロに溶かされて…美味しく美味しく、いただかれてしまった。
そうして、今まで以上にふたり仲良しになった。
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