テラーノベル
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「シズ、いつでもいいわよ」
「うん、やるね……!」
やる気十分なシズクが左手に持った杖から水の塊を生み出す。ヒバナはそれを直接加熱するつもりのようだ。
私はそれを調節とか大変そうだな、と思いながら見守る。
そうして十分に熱されたものをシズクがキラーアントの巣へと流し込んでいく。
さらに次から次へと新しい水を生み出してはヒバナに熱してもらい、流し込む作業を繰り返していた。
充分に流し込んだ後はダンゴに大きな岩を作ってもらい、穴を塞ぐ。
――うん、達成感も何もあったものじゃない。
今頃、中はすごいことになっていることだろう。絶対に見たくはないし、そもそも想像するものではなかった。
後でちゃんと倒せているか確認するために数分間待機する。
数分経ったら、ノドカに中の様子を探ってもらうつもりだ。
そう思って待ち始めてすぐのことだ。
突然、地面が揺れ出しかと思えば揺れがどんどん大きくなっていく。
「何か嫌な予感がする! みんな下がって!」
ほぼ直感だったが、全員に退避するように言う。
コウカはすぐに私の側に寄って、守りを固めてくれた。
そして数秒の後、揺れの正体が地面を突き破りながらその姿を現した。
黒光りする巨体には翅があり、普通のキラーアントの何倍もの大きさで5メートルは越えるだろう。
そうか、これが――。
「クイーン……!?」
どうして生きているんだとか、今は関係ない。
目の前の脅威を何とかしなければならない。
「マスター、わたしが前へ出ます!」
そう言うとコウカは《ストレージ》から取り出したロングソードを手に取り、クイーン目掛けて駆け出した。
私たちもただ見ているわけにはいかない。
「ヒバナ、森のことは気にしないでいいから全力でお願い!」
「本気!?」
「出し惜しみするのは悪手だよ。だからシズクにはその後処理をお願いしたいんだ」
「う、うん……わかった……」
少し浮かない表情を浮かべてシズクが頷き、そういうことならとヒバナも攻撃の準備に入ってくれた。
ノドカには特別何かを言うようなことはない。いつも臨機応変なサポートをしてくれるノドカを縛り付けるようなことを言うのはよろしくないだろう。
「ごめん、ダンゴはここにいてほしい。流石にあの大きさの魔物を相手にするのは今のダンゴじゃ難しいと思うから」
ノドカの腕から飛び出していこうとするダンゴを少し厳しい言葉で引き留める。
ダンゴが前で戦いたがっているのはよく分かる。だがダンゴの身を守りつつ強力な一撃を与える戦い方は、今回の相手には通用しそうにない。
多分、自分の身を守り切れなくなるだろう。それでこの子を失いたくはない。
ダンゴは最初嫌がっていたが、ノドカが宥めてくれたので渋々納得したようだ。
それを見届けた後、腕の中のアンヤを一撫でする。
「アンヤはここでみんなを見ていよう。でも、危なくなったら力を貸してね」
アンヤからの反応はなかった。
みんなに声を掛け終わったので、前方で戦い始めたコウカを見遣る。
コウカは苦戦していた。
クイーンはその巨体に見合わず、素早い。そのうえ体は固い外殻に覆われているため、攻撃が通りにくいのだ。
コウカもスピードに長けているし、動体視力や反射神経も良いのでクイーンの動きに反応できないということはない。
しかし、今のあの子は弱点を抱えていた。
まだ魔力の調節が完璧ではないので、彼女の魔法を使った高速移動は小回りが利かない。そのため、切り合っている最中に敵の死角に移動するといった使い方はできないのだ。
あの子自身も技術を身に付けようと頑張っているようだが、非常に精密な魔力操作が必要となるのでうまくいっていないらしい。
「少しは後ろを気にしてよ……!」
杖を前に突き出したまま、ヒバナが愚痴を零す。
コウカはクイーンを逃がすまいと食らいついているが、それが却ってヒバナの援護を阻害していた。
動き回るクイーンに合わせて動かれると、誤射の危険性が高まって魔法が撃てない。
あの子に攻撃のタイミングを教えられればいいが、声を出すことはできない。
クイーンに私たちの存在が気付かれていない、もしくは注意を向けられていないこの状況を自ら崩すことだけはできなかった。
動きの素早いクイーンをヒバナの魔法で仕留めるには、今の状況が最も望ましいのだ。
意思を伝える手段には《以心伝心》のスキルもあるが、これは意外と使い勝手が悪いことが判明している。
このスキルは相手が近くにいないと意思を伝えることができない。精々10メートルが限界だった。
「ノドカ、コウカの耳元に声を届けることってできないかな」
「ん~、コウカお姉さまが~止まってくれたら~できるけど~……」
それは少しばかり難しそうだ。
これ以上は方法が思いつかないし、コウカ自身に気付いてもらうしかないだろうか。
そうして攻撃のチャンスを作れないまま、状況は悪化する。
「お姉さま~ちょっと〜まずいです~、キラーアントさんの群れが~……」
ノドカは戦いの最中でも常に周囲の状況に気を配ってくれていた。
彼女によると、ここに近付いてくるキラーアントの群れを索敵魔法が捉えたらしい。
大方クイーンの危機を嗅ぎ付けて、ここから北へと向かっていた群れが戻ってきたというところだろう。
巣の中に残っていたキラーアントたちは巣穴から出てこないことから全滅していると考えられるが、巣の外にいたキラーアントたちは別だ。
どのみち、どちらにも対応しなければならない。
「ヒバナはコウカを見ていてあげて。他のみんなでここからできるだけ離れた場所に移って敵を迎え撃とう」
ここで群れを迎え撃った場合、クイーンの標的が私たちへと変わる恐れがある。群れとクイーンが同時に襲ってくる状況だけは避けたい。
シズクとヒバナが不安そうに見つめ合っているが、今回ばかりは仕方がない。今は少しでも戦力が欲しいのだ。
ダンゴと私の腕の中にいるアンヤだけでは迎撃力が足りないかもしれない。なにしろアンヤがどれほど戦えるか、ほとんど知らないのだから。
「お願いシズク、力を貸して」
少しの間、悩む素振りを見せたがシズクは小さく頷いてくれた。
「た、多分、こんな状況になったの、あたしの所為だしっ。せ、責任取らないとだから……いいよ、やらせて」
シズクはどこか責任を感じているらしい。
強く言い切った彼女をヒバナは心配そうな面持ちで見遣る。
「シズ……」
「行ってくるね……ひーちゃん」
ヒバナが左手でシズクの頬を撫でる。シズクもそれと同じようにして応え、すぐに離れた。
本当はもっと長い時間そうしていたかっただろうが、敢えてやめたところにシズクの強い意志が垣間見えたような気がした。
今は時間が惜しく、少しでもここから離れたい。
「移動しよう。ダンゴ、ここにいる中で前衛はダンゴだけ。私たちのこと、守ってね」
ダンゴはノドカの腕から飛び出し、はしゃぎだす。
この子は前に出て戦いたがっていたから、それが嬉しいんだろう。
こうして私はシズクとノドカ、ダンゴ、そしてアンヤを連れてキラーアントの群れへ向かっていった。
◇
「アンヤ、右側に【ダーク・カッター】」
声と《以心伝心》のスキルを併用しながら、正確な命令をアンヤに与える。
前方でキラーアントの群れを押さえてくれているダンゴに当たらないよう十分に注意を払いつつ、キラーアントを倒していく。
未だ進化していないアンヤだが、調和の魔力を集中的に使うことでシズクとも遜色ない威力を出せている。
とはいえ、連射速度はシズクよりも劣ってしまっているのだが、それは仕方のないことだ。
そのためキラーアントを倒している割合としてはアンヤが2、シズクが8といったところか。
一方でダンゴは今回、足止めに徹してくれているようだ。
前衛のダンゴは1人でも十分によくやってくれている。
ノドカのサポートのおかげもあって、キラーアントの動きが統率的であるにもかかわらず、2メートルくらいの高さの岩の壁と自分の体を駆使することで1匹も後ろへと通していない。
そんなあの子に足止めされているキラーアントたちをシズクと分担して、確実に仕留めていく。
「お姉さま~、大きな~波が来ます~!」
「大きな波……? 大群ってこと!?」
ただのキラーアントとの戦いも楽には行かないようだ。
幸運にもシズクの水魔法は発射までのスパンが短いので、大群相手でも戦えるのが救いである。
しかしそれとは別の問題も考慮しなければならない。
相手を押し返すノドカの風の結界は以前、質量に押されて壊れたことがあるのだ。あまり数が増えるようなら、前線が崩壊する可能性も視野に入れる必要があった。
――アンヤに回している魔力をシズクに一点集中させるか、ダンゴまたはノドカに回したほうがいいだろうか。
そんなことを考えているうちにキラーアントの大群が押し寄せてきた。
ざっと見た感じ、さっきまでの3倍くらいの勢いか。
「うぅ……ご、ごめんなさい~……ダンゴちゃん~……」
恐れていた事態が起こった。キラーアントを押し返していた風の結界が崩壊を始めたのだ。
加えて、同族を踏み台に岩の壁を乗り越えてこようとする個体まで現れた。
悩んでいる暇はない、とノドカに魔力を回そうとした――その時だった。
ダンゴが光に包まれ、その姿形を変えていく。
――まさか、このタイミングなのか……!
光の中から現れたのは白いワンピースを身に纏い、栗色の長い髪をなびかせる小さな女の子だった。
まさか、今さらあれが誰なのかなどと疑うはずがない。あの子はダンゴだ。スライムとしての格を1つ上げたダンゴの姿なのだ。
彼女はこちらを振り返らずに敵の大軍を見据えたまま、大きな声を上げる。
「主様! ボクに魔力を回して!」
主、つまり私のことだろう。
私は彼女の言う通りに調和の魔力をできる限りダンゴへと集める。
少し距離が離れているので正確な魔力操作はできないが、多少荒くても届きさえすればいい。
この魔力でダンゴが何をするのかは分からないが、あれだけ自信がありそうなのだ。彼女に託してみたいと思った。
「わたくしも~……もう一度~!」
ノドカが風の結界を再構築して、キラーアントの進行を最小限に抑えている。
だが、ジリジリとダンゴの周りにはキラーアントの数が集中していった。
シズクも頑張って数を減らしてくれてはいるが、それでも群れが途切れそうにない。
――まだか、まだかとダンゴの対応を待つ。
相当量の魔力を渡しているので流石に私の魔力量にも不安が出てくる。
依然としてキラーアントが迫ってくる中、彼女はただじっとその場に佇んでいた。
だが、遂にその時は終わりを迎える。
上空に大量の魔力を使った巨大な1つの術式が浮かび上がったのだ。
「潰れろ! 【メテオストライク】!」
地上に大きな影ができる。術式から数十メートルはありそうな巨大な岩石が現れたのだ。
その岩石は生成された後、ゆっくりとキラーアントの頭上に向かって落下を始める。
――いや、うそでしょダンゴ。
開いた口が塞がらないとはこのことか。
「まずいって……みんな伏せて!」
衝撃に備えて姿勢を低くした。こんなので死にたくはない。
――数秒後、大きな音と共に世界が揺れた。
「お姉さまたち~大丈夫~?」
ノドカがふわふわと近くまで飛んでくる。彼女は飛べるから揺れの影響を受けなかったようだ。
――落下の衝撃で飛んできた物とかは魔法で防いでくれたのだろうか。
そんなことを考えながら、体を起こそうとした私は目の前に広がる巨大な物体を見て唖然とした。
それも仕方がないだろう、だって私の目の前には森に生えている木よりも遥かに大きくて圧倒的な存在感を誇る岩があるのだから。
あと私たちの周りにグルっと岩の壁が出来ていた。
多分、ダンゴが気遣ってくれたのだろうが、その気遣いはその前の段階でほしかった。
「主様、見てた!? ボク、全部倒したよ!」
「……うん、すごかった。ほんとに」
岩の壁が崩れて、その奥からこちらに向かって飛び込んできたダンゴを受け止める。
まるで褒めてくれと言わんばかりに目をキラキラとさせて見上げてくるダンゴの頭を撫でると、それはもう弾けるような笑顔を浮かべるのだ。
――いや、それにしてもこの子は本当に小さいな。私よりも30センチくらい身長が低いんじゃないだろうか。
今まで私たちの中で一番身長が低かったノドカと比べても、結構身長差がありそうだ。
スライムの身長って何で決まるんだろう……って今はそんなことどうでもいい。
私はこれから大事なことをダンゴに告げなければならない。
「ダンゴ、さっきの魔法のことなんだけど……」
「うんうん、すごかったでしょ!? ボクも――」
「今後、しばらくは使用禁止ね」
「――えっ……どうして!?」
ダンゴが不満ありありといったように喚いている。
いや、仕方がないだろう。あの魔法を使い続けていたら、世界が穴だらけになりそうだし。
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