第11話:刻印は嘘をつかない
役所の昼下がりは、予想以上に静かだった。
市民課窓口・係長の**鷹取ナツキ(41)**は、書類を確認しながらため息をついた。
白シャツに濃紺のベスト、几帳面に分けられた黒髪と、つり気味の目元が印象的な男性。
見るからに「真面目で堅い」印象だが、同僚からの信頼は厚い。
右手には、公共用業務リング。
市職員に支給される、記録・確認・受付対応支援属性。
リングは光沢のない灰金属で、中央には市のマークと、小さく「市民第一」の刻印がある。
このリングには、「記録印機能」が内蔵されており――
発言、動作、対応内容をすべて自動記録・保存する。
職員の誤魔化し防止と、対応の公正性保持のため、導入されて5年目。
ナツキにとっては、もはや空気のような存在だった。
だが、その日。事件は起こった。
「こちら、記録ログです。訂正が入っています」
同僚の女性が、書類を手に駆け込んできた。
見せられたのは、ナツキが昨日対応した窓口記録。
そこには、ナツキが発した覚えのない一文が記録されていた。
> 「……まあ、この人なら、書類通らないでしょうね」
「そんなこと、言ってません!」
ナツキは即座に否定した。
だが、リングのログにはその言葉が**“刻印”されていた**。
実はこの日、試験導入されていた「感情同期型ログ機能」が、誤作動していた。
この新機能は、“心の声”――思考に近い感情的な反応を記録することが目的だった。
その日ナツキは、確かに思っていた。
「この人、提出書類にミスが多すぎる……きっと落ちるだろう」と。
リングは、それを**「発言」として保存していた**のだ。
「これは公私の境界を越えています。思考を勝手に読み取る機能なんて……」
庁舎内は軽い騒ぎになり、ナツキは一時的に窓口を外された。
彼は無言で、机に置かれたリングを見つめた。
淡い光を放つその指輪は、今も忠実に静かに回り続けている。
「……俺が、本当にそう思っていたのが悪いんだろうか」
翌日。ナツキは窓口に戻った。
「希望が通るとは限らない」
「でも、最後までていねいに扱う」
そう自分に言い聞かせながら、指輪の設定を手動でひとつ変更した。
感情ログ機能:オフ
その午後、ひとりの中学生が母親とともに申請に訪れた。
「中学で使う、はじめてのリング、登録申請です」
ナツキはうなずいて、手続きを進めながら中学生の男の子を見た。
少し緊張したような顔、だけど指先には新品のシルバーリングが光っている。
「最初の模様、決めた?」
「はい。『正直』って、漢字で入れたいです」
ナツキは、微笑んだ。
「いい模様だね。嘘のないリングは、たぶん強い」
その言葉に、自分のリングが少しだけ熱を帯びた気がした。
まるで、それが**“心の変化”を受け取ったかのように。**
魔法のリングは、言葉だけでなく、
気持ちも刻む。
それが、便利すぎて少しだけ怖くて――
でも、時には自分と向き合う鏡にもなるのだ。
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