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第106話:一本のDMが世界を変える〜超絶大手の逆オファーと、監視下の公開処刑準備〜
北海道、帯広市。
築三十年のボロアパート、四畳半の空間。
俺の背後には、ホームセンターで買ってきたパイプ椅子に微動だにせず座り続ける、帯広税務署・法人課税部門の調査官、黒岩の姿があった。
時刻は、午後三時。
決戦の夜、20時のコラボ配信まで、あと五時間を切っていた。
「……結愛(ゆあ)。頼むから、もう一度説明してくれ」
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で、死んだ魚のような目をしながら、モニターに表示された『一通のメール』を見つめていた。
『はい、ルシフェル社長。何度でもご説明いたします』
ワイヤレスイヤホンの向こうから、アシスタントである結愛の、氷のように冷たく、そして有能すぎる声が響く。
『昨晩、株式会社インフィニティ・ワンの公式問い合わせ窓口(ビジネス用メールアドレス)に、業界最大手のVTuber事務所から、一件のダイレクトメッセージが届きました』
結愛のタイピング音と共に、モニターのメール本文がハイライトされる。
「『……突然のご連絡失礼いたします。私、某バーチャルライバー事務所のマネージャーを務めております……』って」
俺は、震える声でその文面を読み上げた。
「おい、これ……マジで業界トップクラスの、あの超絶大手箱じゃねえか!! なんでそんな雲の上の連中から、俺みたいな帯広の底辺のところに連絡が来るんだよ!!」
『メールの続きをお読みください。全ては、社長の【過去の遺物】が引き寄せた奇跡です』
俺は、胃液が逆流しそうな感覚に耐えながら、メールのスクロールバーを下に下げた。
『先日、弊社の所属ライバーである〇〇が、ネットの噂で耳にいたしました。
現在、V−Breaking等で大活躍されている株式会社インフィニティ・ワンのルシフェル社長が……』
ゴクリ、と。俺は生唾を飲み込んだ。
『数年前、弊社の配信企画【限界リスナーのお便り紹介】に送られてきた伝説のメール……《40歳高齢無職オタクの質感》の差出人ご本人なのではないか、と』
「あぁぁぁ……っ」
俺の口から、魂の抜けるような情けない音が漏れた。
『つきましては、もし本当にあのお便りの主がルシフェル様であるならば。
どん底のニート生活から、いかにして月商数千万のIT社長へと成り上がったのか。
その【成功の軌跡】について、ぜひ弊社のライバーとコラボ対談という形でお話を伺えないでしょうか』
俺は、両手で顔を覆い、机に突っ伏した。
終わった。完全に終わった。
相手は、同接(同時接続者数)が常に数万人を超え、チャンネル登録者数は百万人に迫る、正真正銘のトップインフルエンサーだ。
そんなバケモノみたいなライバーの配信で。
『俺があの、壮大な設定だけ妄想して1行も本文を書けないまま40歳になった、限界みそラーメンおじさんです』と、全世界に向けて自己紹介しなければならないのだ。
「……無理だ。絶対無理だろこんなの……っ」
俺がガタガタと震えていると、背後から、静かな、しかし圧倒的なプレッシャーを放つ声が降ってきた。
「……秋谷社長」
税務調査官の黒岩だ。
「は、はいぃっ!」
「つまり、その『超大手』とやらのインフルエンサーが、あなたの……その、極めて怠惰な過去を、すでに認知しているということですね」
黒岩は、銀縁メガネの奥の目を細めながら、モニターのメール文面を覗き込んだ。
「ええ。このコラボ配信において、あなたがその『底辺の人物』であると証明され、数万人の視聴者、ならびにそのインフルエンサーが事実として認めるのであれば……」
黒岩の手元のバインダーで、ボールペンがカチッと鳴った。
「我々税務署としても、あなたが『架空のダミー社長』であるという疑念を解き、この完璧な帳簿を【正当なもの】として処理する十分な根拠となり得ます」
「納得すんな国家権力!!」
俺は涙目で振り返った。
「黒岩さん! あんた、エリート公務員だろ!? なんでこんな、インターネットの公開処刑みたいな茶番を、税務調査の証拠としてあっさり受け入れてるんだよ!!」
「我々は証拠主義です」
黒岩は、全く表情を変えずに即答した。
「第三者による客観的な事実認定。それも、数万人規模の証人が存在する生放送での告白。……これほど強力な『実態の証明』は、そうそうありません。大いに期待しております」
「鬼! 悪魔! 国税庁の血も涙もない集金マシーン!!」
俺が喚き散らしていると、AIのジェミニ先生がモニターにポップアップを表示させた。
『ルシフェル社長。黒岩調査官の論理は完璧です。さらに、このコラボによる宣伝効果を試算した結果、インフィニティ・ワンの認知度は現在の約400%に跳ね上がり、今後の売上に莫大なプラスをもたらす確率が92%です』
「売上が増えたら来年の税金がまた増えるだろォォォ!!」
もはや、四畳半のアパートの中で、俺の味方は誰一人としていなかった。
アシスタントも、AIも、そして背後に陣取る税務調査官も。
全員が、俺の『黒歴史の開示』という極上のエンターテインメントを心待ちにしているのだ。
『ルシフェル社長。泣き言を言っている時間はありません。本番環境のテストを行います』
結愛の無慈悲な指示により、俺のPCに新しいソフトウェアが立ち上がった。
先ほど結愛が緊急発注したという、俺の新しいアバター。
【リアル秋谷モード】。
画面の中央に、ぬるりと、その姿が現れた。
「…………何度見ても、きついなこれ」
俺は、思わず目を背けたくなった。
ボサボサの髪。
無精髭。
目の下には、マリアナ海溝よりも深いクマ。
そして、色褪せて毛玉のついた、あずき色の安物ジャージ。
極めつけは、右手にしっかりと握られた「150円」という値札シールのついた、みそラーメンのカップ。
ルシフェル様という超絶イケメンのガワを剥ぎ取られた、俺の魂の『原風景』が、最新のLive2D技術によって、ヌルヌルと生々しく動いていた。
俺がため息をつくと、画面の中のジャージのおっさんも、深く、重いため息をつく。
俺が頭を掻くと、おっさんもフケを落としそうな勢いで頭を掻く。
「……完璧すぎるだろ、このトラッキング技術。無駄に金かかってんな」
『はい。社長の【質感】を極限まで表現するため、経費を惜しまずトップモデラーに特急料金で依頼しました。もちろん、全額損金算入いたします』
「そういうところだけ経理きっちりしてんなよ!!」
俺は、ゲーミングチェアの上で項垂れた。
逃げられない。
もう、あの超絶大手のVTuber事務所にも、「コラボやります」という返信は送ってしまった。
配信の待機所のURLも、すでに発行されている。
チラリと、スマホでその待機所を確認してみる。
「……おいおい、嘘だろ」
配信開始までまだ数時間もあるというのに。
待機所のチャット欄は、すでにすさまじい勢いで流れ始めていた。
『ついにあの伝説のお便りの主が!?』
『1行も書けなかったおっさんが、今社長ってマジ?』
『ルシフェル和尚、お前だったのか……ッ!!』
『神回の予感しかしない』
『全裸待機』
すでに待機している人数、なんと三万人。
俺の普段の配信のピーク時に匹敵する人数が、ただの『待機画面』に群がっているのだ。
「……胃が痛え。マジで胃に穴が空きそうだ……」
俺は、コルセットで固めた腰をさすりながら、うわ言のように呟いた。
「黒岩さん……。もし俺が、この配信のプレッシャーでショック死したら、この会社はどうなるんですか……?」
黒岩は、バインダーから顔を上げ、冷たく言い放った。
「法人税法に基づき、清算手続きに入ります。残余財産から、しっかりと未納分の税金を徴収させていただきますので、ご安心を」
「安心できる要素が一つもねえええええ!!」
帯広の四畳半。
背後に国家権力を背負い。
目の前には数万人の観衆が待つ断頭台(コラボ配信)。
そして、纏うのは毛玉だらけのジャージのアバター。
一本のDMが引き起こした、四十歳の底辺社長の運命を分かつ『公開処刑』の時間が、一分、また一分と、容赦なく迫ってきていた。
ゆうき あきや
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コメント
1件
ちょっと待ってこれやばすぎる!!😭💦 ルシフェル社長の過去がまさかの大手にバレてコラボオファーって…それもう公開処刑じゃん!!しかも黒岩さんの“証拠主義”納得しすぎでしょ国家権力強すぎるよ〜😱笑 でも待機所3万人で全裸待機とか、引きがエグすぎて続き気になって仕方ない…!リアル秋谷モードのヌルヌル動くジャージおじさんも含めて、全てが最高のカオスでした✨また読みにきます!!