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瓦礫を踏む音が、やけに大きく響いた。
崩れた街の中を、三人は歩き続けていた。
辺りを覆う煙はまだ消えない。
焦げた匂いが、鼻腔に刺さる。
付近では、救助隊の声が飛び交っていた。
「こっちに要救助者!」「担架急げ!」
誰かが泣いている。
誰かが誰かの名前を呼んでいる。
そのすべては現実だった。
蒼真はふと足を止めて、自分の手を見た。
さっきより、また少しだけ薄くなった気がする。
(……気のせいじゃない)
確実に、何かが減っている。
「蒼真」
澪の声に振り向いた。
「無理してない?」
「……してない」
「嘘」
まったく間のない即答。
誤魔化しが通じないことがわかる。
「さっきから呼吸おかしいし、顔色も変」
淡々と事実を並べてくる。
「……見すぎだろ」
「見るよ」
澪は当たり前のように言う。
「見ない理由ある?」
その言葉に蒼真は何も返せず、ただ視線を逸らした。
そこへ、ぎゅっと服を引っ張る力が。
「……おにいちゃん」
ずっと、蒼真の背後にぴったりとくっついて離れなかった。
「……怖い?」
澪がしゃがみこんで、少女と目を合わせた。
「……うん」
「そっか」
澪はゆっくり頷いた。
「じゃ、一緒にいようか」
声が柔らかい。
押し付けない。
ただ、横に並ぶような言い方だった。
少女は少し迷ってから頷いた。
それを見て、澪はさらに表情を緩めた。
「そういえば……名前、聞いてなかったね」
少女はぴくりと肩を揺らした。
言葉を探しているような間があった。
「……あ……」
視線が揺れる。
蒼真の服を握る手に、力が入った。
「……ひな、です」
小さな声だった。
「……ひな?」
澪が優しく繰り返すと、少女…ひなはこくりと頷いた。
「そっか、ひなちゃんね」
澪は満面に笑みを浮かべた。
「わたしは澪。こっちは…」
蒼真を見る。
一瞬だけ間があいた。
「蒼真」
ひなはその名前を聞いて、少しだけ顔を上げた。
「……そうま、おにいちゃん」
その呼び方は、どこか自然だった。
まるで最初からそう呼んでいたかのように。
蒼真は、わずかに目を細めた。
「……好きに呼べ」
ぶっきらぼうに言う。だが、否定はしない。
「……光」
ひなが、ぽつりと呟いた。
蒼真と澪の視線が集まる。
「さっきの……」
言葉がゆっくりと紡がれる。
「いっぱい、光……あって……」
ひなは目を閉じた。
思い出しているのか、震えている。
「……音、なかった」
空気がわずかに止まった。
「音が、なかった?」
澪の眉が寄る。
理解できない、という顔。
当然だ。
そんな現象は普通じゃない。
だが、蒼真の中ではそれが強く引っかかっていた。
(……見えてたのか)
あの状態。
光に包まれ、音が消える瞬間。
それを、ひなは見ていた。
ひなが続ける。
「それで…おにいちゃん…消えちゃうの?」
澪が、ハッと息を呑んだ。
「どういうこと?」
「さっきの人……言ってた」
断片的な記憶。
「使うと……消えるって……」
澪の視線が蒼真に注がれる。
何も知らない目。だからこそ、重い。
蒼真は澪から目を逸らした。
だが、もう隠せる段階じゃない。
「……分からない」
ゆっくりと言う。
「でも……多分」
喉が、わずかに詰まる。
「このまま使えば、消える」
沈黙。
またサイレンの音が耳につくようになる。
「……意味わかんない。やっぱり、意味わかんない」
頭を左右に振る。
「……でも、わたしたちを守ってくれているのはわかる」
蒼真の手を握る力が強くなる。
ふと、澪の頭の中にほんの短い場面が蘇った。
雨の中だった。
下校途中、水たまりを避けようとして転びかけた瞬間、手を掴まれて引かれた。
「危ないって」
蒼真だった。
昔から、こうだった。
何をやっても不器用なのに、こういうときだけは、必ず手を伸ばしてくれる。
そして、強くて迷いのない目で蒼真を見た。
「やっぱり、わたしは離れない」
ひなも、同じように服を握った。
「……ひなも……一緒にいる」
その言葉。
それは、理屈じゃない。
ただの事実だった。
蒼真は何も言えなかった。
そのとき、遠くで再び崩壊音がして、空気が揺れた。
「……行こう」
澪は周囲を見回した。
「ここも、まだ危ない」
ひなの手を取り、蒼真の手を引く。
歩き出した三人の背後、誰にも気づかれない位置で、一人の男が静かに立っていた。
「……対象、確認済み」
地を這う低い声。
「観測値、異常」
そして、興味を含む口調に変わる。
「……もう一人、か」
視線がひなに向く。
そして、笑う。
「面白い」
炎の向こうで、”悪夢”は次の段階へ進もうとしていた。